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チケットぴあインタビュー

グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」

グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」
2013年のヴェルディ・イヤーに新国立劇場が世界に発信する、新制作『ナブッコ』。演出するのは、世界の有名歌劇場で活躍するイギリス人オペラ演出家グラハム・ヴィックである。
彼が日本の劇場のために演出するのは初めてであり、『ナブッコ』を演出するのも初めて。2つの「初」が大きな化学反応を起こしそうな今回のプロダクションにかける想いをうかがった。

――5月初旬のある日、新国立劇場地下2階の稽古場では、新制作『ナブッコ』第1幕最終場面のリハーサルが行われていた。合唱や助演も含めて大人数が参加するこの場面、演出家グラハム・ヴィックは、それぞれのグループに立ち位置や動きなど、細かい演出をつけていく。ピアノ伴奏によって場面が通されると、自分のイメージする『ナブッコ』の世界が徐々に具現化する様子に、ヴィックは納得の表情を見せていた。

すでに200以上のオペラを演出している大物演出家グラハム・ヴィックの舞台は、日本では、1995年のサイトウキネンフェスティバル松本『放蕩者のなりゆき』(シカゴ・リリック・オペラのプロダクション)、1996年のフィレンツェ歌劇場日本公演『ランメルモールのルチア』、2003年のミラノ・スカラ座日本公演『マクベス』『オテロ』が上演されている。では、ヴィック演出の『ナブッコ』がどのようになるか、これらの舞台から予測できるかというと、答えはノーだ。なぜかというと、今回は彼が初めて手掛ける「東京のための作品」だからである。


『ナブッコ』は、僕が初めて、日本の文化と社会、日本の人々のために作る作品です。ですから、僕にとっては、これまでの作品とはまったく違うプロジェクトなんです。
僕が演出する際に心血を注いでいるのは、上演する国に根付くかたちに作品を変えることです。作品のエッセンスの核心部分と、上演する国の観客の心をつないで、伝えるべきことを的確に伝える。音楽の力強さ同様、舞台も上演する国の観客の心に響くものにしなければなりません。ですから、ミラノの観客に向けて作る『ナブッコ』とはまったく違うものになります。東京の観客に見ていただくための作品ですから。



――ヴェルディのオペラ『ナブッコ』は旧約聖書にもとづく物語で、バビロニアの王ネブカドネザル2世(ナブッコ)がエルサレムに入城し、捕虜としてヘブライ人をバビロニアに連行する「バビロン捕囚」を描く。このような聖書の物語のオペラを東京で上演することに対して、ヴィックはある考えを抱いている。


“神”と言えば、西洋の人間ならば、たとえ無神論者であったとしても、アブラハムだとかエホバの神だと考えます。唯一の神の存在、それが『ナブッコ』の物語の前提です。そして『ナブッコ』は複雑な文化的背景を持つオペラです。まず、作品が成立した当時、イタリアという国家が生まれようとしていたナショナリズムの背景があり、そしてヘブライ人の物語ということで20世紀のホロコーストの問題も絡んできます。しかし、日本にはこうした文化的背景はありませんし、キリスト教的な“唯一神”という前提が機能しない“八百万の神”の国ですから、日本で『ナブッコ』をそのまま上演するのは難しいと思ったのです。でもそれが僕にとって挑戦となり、とても刺激的な舞台を作りだす契機になりました。



――では、『ナブッコ』の核心部分と東京の観客とをつなぐヴィック演出の舞台はどのようになるのだろうか。演出のコンセプトをうかがうと、「それは内緒です」とひと言。


オペラは“冒険”でなくちゃ! 劇場は、舞台との“出会い”を求めて行くものです。なじみあるものを観てなぞるために行くわけじゃありませんから。だから、できるだけ予備知識なく、劇場に行って初めて舞台を観てください。



――優れた演出は舞台そのものが語ってくれるので予備知識は不要、劇場で初めて舞台を見る興奮と感動を味わってもらいたい、とヴィックは願っているのでネタバレ厳禁。出演者・スタッフ全員にかん口令が敷かれているので、SNSでいくら検索しても出てこないだろう。でも、知りたがりのオペラ・ファンのために、少しだけヒントをいただいた。


今回のプロダクションでは、“神”を“自然の力”に置き換えてみました。『ナブッコ』の本来の物語は、神に背いた人々に対して神が怒る、という場面から始まります。そこで僕は、自然の力との精神的な繋がりに背を向けた人々の社会を作りました。物質主義に走った人々です。その人に対して“自然の力”が怒り、罰を与えます。そして最後に、人々は自分たちの犯したことに気づき、自然の力に敬服します。そんな社会のなかで描く『ナブッコ』です。



――自然の力、それに背いた人々の社会が具体的にどのように描かれるかは、舞台を見てのお楽しみだ。

さて、ヴェルディは『オテロ』『ファルスタッフ』をオペラにし、実現しなかったものの『リア王』をオペラ化したいと考えていた、シェイクスピアを愛した作曲家である。イギリス人のヴィックにとってヴェルディは、シェイクスピアを通してつながることができる、と感じているという。


シェイクスピアの戯曲は、研究者のためでなく、大衆のために作られました。ヴェルディも同じで、大衆のためにオペラを作っています。オペラを理解するのに教養は必要ありません。ただ、劇場に来ればつながることができて、心に響く、そういう作品をヴェルディは書いています。僕にとってヴェルディが魅力的なのは、このことなんです。
僕は北ヨーロッパの人間ですから、10代の頃から南イタリアの文化、言語、生活にずっと憧れていました。その憧れの先にあったのがヴェルディのオペラとも言えます。ヴェルディの作品で描かれる気高い感情にも魅かれますね。ヴェルディの音楽は、どのフレーズを聴いても、何が音楽を突き動かしているのかがよくわかります。たとえば、父親による娘の支配や、愛する女をものにしたいという男の本能的な所有欲など。彼は男のエゴを本当によくわかっています。



――2013年はヴェルディ・イヤーだけでなくワーグナー・イヤーでもあり、ヴィックはイタリアのパレルモ・マッシモ歌劇場で『ニーベルングの指環』新演出を上演中。1月から3月まで『ラインの黄金』『ワルキューレ』を上演し、新国立劇場『ナブッコ』のあと、10月から12月まで『ジークフリート』『神々の黄昏』を上演する。そんなヴィックに、ヴェルディとワーグナーを対比してもらった。


ヴェルディは“妻”的、ワーグナーは“愛人”的、ですかね。それが僕にとって2人の作曲家像です。
ワーグナーは病んでいるから魅力がある。それが彼の究極的な素晴らしさと豊かさですね。ワーグナーは自身が経験した“心の旅”を作品に反映させています。ですから、どの作品もテーマは似かよっているんですが、現れ方が違う。それが興味深いです。
ワーグナーと違ってヴェルディには道徳観がありますが、それは文化的背景のせいだと思います。ヴェルディを演出するとき、僕はいつも健康です。問題は、歌手が稽古場に来ない(笑)というだけです(新国立劇場ではもちろんそんなことはありませんよ! 欧米の歌劇場の場合です)。でも、ワーグナーを演出するときは、僕自身がちょっと不健康になってしまうことがあるんです。作品を深く追求して演出していると、自分の精神の見たくない部分が見えてきたり……。というのは、僕は、自分自身を認識しながら演出するので。ワーグナーの素材には、触れると生理的反応を起こしてしまう何かがあって、そこが刺激されてしまうんです。
でも、僕は結婚を信じる人間ですから(笑)、妻的なヴェルディを演出することは自分のプラス思考につながります。



――妻的なヴェルディの作品に取り組んでいる今のヴィックは、健康そのものに違いない。休憩を取る時間も惜しんで『ナブッコ』に打ち込む彼は、今回の舞台について改めてこのように語る。


オペラという芸術形態と、現代の日本の文化との接点を見出して、他の国の真似ではないオペラを作る。新国立劇場ならそれができます。ですから『ナブッコ』は、新国立劇場でしかできない、新国立劇場のための舞台を作ります。『ナブッコ』は僕の演出のなかで、もっとも現代的な演出解釈の作品になると思います。それが、東京という都市で生まれる『ナブッコ』なのです。



――昨年6月、『ナブッコ』の打ち合わせのためにヴィックが来日した際、新国立劇場では新制作『ローエングリン』を上演していた。公演に足を運んだヴィックは、日本のオペラのレベルの高さ、その舞台に熱い拍手を送る日本の観客の姿に刺激を受け、「新国立劇場だからこそできるチャレンジがある」と確信したようだ。世界的オペラ演出家の演出魂に、新国立劇場が、そして日本の観客が火をつけたのだ。今回の『ナブッコ』はヴィックの真心のこもった、日本のオペラ・ファンへ贈り物ともいえるだろう。われわれは、それをしかと受け止めたい。


オペラの未来は、何を求めていくかにかかっていると思う。だから後ろを振り返るんじゃなくて、前を見続けたい。


――グラハム・ヴィック渾身の新制作『ナブッコ』、どうぞお見逃しなく!



取材・文:榊原律子

■新国立劇場オペラ「ナブッコ」
5月19日(日) ~ 6月4日(火) 新国立劇場 オペラパレス
⇒公演情報
グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」

グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」

グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」

グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」

グラハム・ヴィック/新国立劇場オペラ「ナブッコ」

「ナブッコ」舞台稽古より 提供:新国立劇場

プロフィール

■グラハム・ヴィック Graham Vick
イギリス・リヴァプール生まれ。バーミンガム・オペラ・カンパニーの創立者で芸術監督。R.ムーティ、J.レヴァイン、B.ハイティンク、V.ゲルギエフ、小澤征爾、Z.メータといった著名な指揮者と世界各地の一流歌劇場で仕事をしている気鋭のイギリス人演出家。音楽を大切にしながら現代的なセンスで、切れ味のよい人間ドラマを描き出す演出力が高く評価されている。1984年から87年までスコティッシュ・オペラ、1994年から2000年までグラインドボーン音楽祭で『エウゲニ・オネーギン』『マノン・レスコー』『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』など数々のオペラを演出。今後の予定には、メトロポリタン歌劇場、ミラノ・スカラ座、マリインスキー劇場などがあり、ワーグナー誕生200周年の2013年にはパレルモ・マッシモ歌劇場初の『ニーベルングの指環』のチクルス上演が予定されている。日本では、1995年サイトウ・キネンで『放蕩者のなりゆき』、1996年にフィレンツェ歌劇場日本公演『ランメルモールのルチア』(メータ指揮)、2003年ミラノ・スカラ座日本公演『オテロ』『マクベス』(ムーティ指揮)の演出を手がけている。大英帝国勲章(CBE)を授与されている。新国立劇場初登場。