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チケットぴあインタビュー

小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」

小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」
プッチーニの名曲の中でも、とりわけ華やかで親しみやすいメロディが人気の「わたしのお父さん」。三部作の中の喜劇『ジャンニ・スキッキ』で、若きラウレッタがみずみずしい生命力を全開にして歌うハイライトだ。ブルガリアの名門オペラハウス、ソフィア国立歌劇場の来日公演で、ラウレッタを演じる小林沙羅さんは、すでに現地ソフィアでこの役を成功させ、高い評価を得ている。ウィーンで学び、国際的に大きなスケールで活躍している期待の新星だ。若手世代で今一番輝いているソプラノ歌手に、公演の抱負や、歌手になるまでのエピソードを聞いた。

ソフィア国立歌劇場とは、すでにトータルで二ヶ月にわたって公演をしたので、皆さんとはもう仲良くなりました。稽古のたびに顔を合わせますし、私もブルガリアのことを最初何も知らなかったので、「ここに行くと美味しいもの買えるよ」とか「何か困ったことない?」とか、すごく親切に色々なことを教えてもらいました。ブルガリアは世界的に見ても一流の歌手を輩出していますし、ベテランだけでなく若手にも素晴らしい人たちがたくさんいます。とても強い声の歌手が多いですね。

歌劇場も歴史があって建物もとても綺麗で、特に天井がとても豪華。一度、客席で聴いていたときに私と同じ年くらいの女の子が話しかけてくれたのですが、「ここに来るのがとても楽しみで、夢のような気分を味わえる」と嬉しそうでした。地元の人たちにとっても、ちょっとした非日常を味わえる場所なんですね。私が舞台に立った日も、お客さんが楽しんでいるのが伝わってきて、こちらまで楽しくなってしまいました。とても歌いやすかったし、パワーをもらえました。



――たったひとりの日本人として参加した現地公演でも、堂々たるパフォーマンスでブルガリアの聴衆を魅了し尽くした小林さん。舞台での凛として清楚な立ち姿は、小林さんが天性の「歌う女優」であることを伝えてくる。


小さい頃から歌ったり踊ったりするのが大好きで、年に一回の学芸会では「主役やります!」と手を上げるような子でした。祖母が演劇好きだったこともあり、よくお芝居には連れていってもらいました。

小学校四年生のときには、坂東玉三郎さんが主宰する演劇塾「東京コンセルヴァトリー」の試験を受けて、二年間特別聴講生として指導を受けました。バレエとピアノは以前から習っていたんですが、そこでは日本舞踊をはじめて…発表会が近くなると、玉三郎さんが教えてくださるのも嬉しかった。

一番覚えているのは『手習子』。一番最初に、桜を見ているという場面があるんです。後ろ向きに座って、花びらがひらひらひらと落ちてくるのを眺めるという。その時に「上から下に目線を移すだけではだめ。見ている人に桜が映るように。ちゃんと桜を眺めている様子を、後ろ姿でも表さないと」ということを教えていただきました。そのときにピンとこなかったことが、たくさんありましたが、今になって思い出すと「あのとき仰っていたのはこういうことなんだ」と気づくのですね。



――幼き日に玉三郎さんの薫陶を受けた小林さんにとって、舞台に立つ以外の未来は考えられなかった。12年習い続けたバレエでも主役級の役を踊るようになり、中学三年生で「くるみ割り人形」のクララを踊った。進路を考え始める年頃になって、歌手という選択肢が鮮やかに浮かび上がってくる。


私は舞台が好きで、舞台で生きるために選んだのがバレエではなく歌だったのです。だから、12年続けたバレエをやめるのは悲しいことではありませんでした。とはいえ、歌に関しては専門的なトレーニングを受けたことがなかったので、高校二年の秋に進路を決めてから、猛勉強を始めました。聴音や楽典も足りていなかったので、大学(東京芸術大学)に入るために必死に頑張りました。今でも、あの頃には戻りたくないと思うくらい、ちょっと病んでたかも(笑)。

無事合格してからも、都立高校出身だったため、音楽高校から来たみんなと比べて格段に知識のない自分がコンプレックスでした。図書館でオペラのDVDをたくさん観たりして、そのうちすっかりハマってしまうようになり、オペラが大好きになっていきました。私がやりたかった演劇の要素が入っているし、総合芸術としてのオペラに魅力を感じてしまったのです。



――「これだ!」というインスピレーションを直観でとらえ、誰にも負けない努力と集中力で未来を切り開いてきた小林さんの生き方は、一見おっとりとした大和撫子風のルックスを裏切るほど勇ましい。そこには弱気も迷いもなく、自分自身への強い信頼だけがある。


でも、いつも迷ってます。思い切ってやったことが必ずしも成功するとは限りませんし…。2歳から5歳を家族とともにドイツで過ごしたことと関係あるのかも知れませんが、ドイツ人のはっきりとものを言う感覚が、私にはとてもしっくりくるのです。基本的な性格は日本的だと思いますが、ものの考え方ははっきりしていて、海外で活動するときにプラスになっていると思います。向こうでは、自分の意思がないとどんどん流されちゃうから。留学先をウィーンに選んだのも、子供の頃に自然に喋っていたドイツ語が懐かしかったからなのかも知れません。



――二年間留学し、現在も活動を続けるウィーンでは、6月にベートーヴェンの「第九」のソリストも務めた。憧れのウィーン楽友協会ホールでのデビューを果たした瞬間だった。


気持ちよかったです! ホールが新しい世界に導いてくれるという感触でした。音響だけでなく空気感にもすごく左右されますし、舞台の上って本当に自分のすべてが出るんだなと思いました。普段考えていること、見たこと、聞いたこと、感じたこと、それが全部透けて見えてしまう。だから普通に生活しているときもセンサーを発達させて、面白いことや楽しいこと、新しいことを吸収していくのが大事ですね。



――破竹の勢いの若手プリマドンナを、ソフィア国立歌劇場も見逃すわけはなく、『ジャンニ・スキッキ』のラウレッタだけでなく、ドニゼッティの『愛の妙薬』のヒロイン、アディーナにもキャスティング。三番手キャストの予定が、初日直前になってプレミア・キャストに変更されるという「事件」も。この劇場が、いかに彼女が信頼しているかを物語るエピソードだ。


ソフィア国立歌劇場はオーケストラも素晴らしいです。厚みがあって、柔らかくて太い音。「戦う」感じではなく、歌手の歌を引き立ててくれます。『ジャンニ・スキッキ』と『愛の妙薬』を共演したことで歌手の方たちとも絆が深まりました。『ジャンニ…』のラウレッタは、演じ方によって純粋な娘にもなれば、計算高い女性にもなる役。私の解釈では、リヌッチョへの一途の愛が彼女のすべてで、その強い思いがあふれてアリア(「私のお父さん」)へつながっていくんです。本当に、あの歌でパッと別の世界に行くのですよね。遺産相続で本音と建前が入り乱れているときに、全く違う音楽が流れてくる。何度歌っても飽きない曲です。その都度、気づくことがあって「今度はあそこをああ歌いたい」と新しい目標が生まれてきます。プッチーニも特別な想いをもって書いたと思います。



取材・文:小田島久恵


◆ソフィア国立歌劇場 2012年 日本公演
プッチーニ作曲『ジャンニ・スキッキ』全1幕  (★)小林沙羅 出演予定公演

□11月4日(日) よこすか芸術劇場(神奈川県) (★)
□11月7日(水) オーバード・ホール(富山県) (★)
□11月8日(木) 愛知県芸術劇場 大ホール(愛知県)
□11月10日(土) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール(兵庫県) (★)
□11月11日(日) 千葉県文化会館 大ホール(千葉県) (★)
□11月15日(木) 東京文化会館 大ホール(東京都) (★)
□11月19日(月) アクロス福岡 福岡シンフォニーホール(福岡県)
※マスカーニ作曲『カヴァレリア・ルスティカーナ』(全1幕)と連続上演。

※その他の各公演スケジュールはこちら

※佐藤しのぶ インタビュー (「トスカ」11月17日公演)
⇒インタビューはこちら
小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」

小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」

小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」

小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」

小林沙羅 ソフィア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」

プロフィール

■小林沙羅(ソプラノ)
東京芸術大学音楽学部卒業。同大学大学院修士課程修了。東京都出身。2010年3月よりウィーンにて研鑽を積みながら演奏活動を行う。2010年度上期野村財団奨学生、2011年度文化庁新進芸術家在外研修員。声楽を中村綾子、高橋大海、島崎智子、Adele Haas、Walter Moore、各氏に師事。日本声楽アカデミー会員。現代詩表現グループ<VOICE SPACE>に所属。

2011年7月には兵庫県立芸術文化センターにて佐渡裕指揮『こうもり』にアデーレ役で出演。ウィーンフィルメンバーやカウンターテノールのJ.コヴァルスキーらベテラン歌手と共演し、大成功をおさめた。

2012年2月にはソフィア国立歌劇場に『ジャンニ・スキッキ』ラウレッタ役でデビュー、3月には同歌劇場に『愛の妙薬』アディーナ役で出演し、大成功を収めた。2012年6月にはウィーンにて開催されたオペレッタコンクール、オスカーシュトラウス声楽コンクールにて2位を受賞。

小林沙羅オフィシャルサイト