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チケットぴあインタビュー

加古隆 40th アニバーサリーコンサート ~加古隆のすべて~

加古隆 40th アニバーサリーコンサート ~加古隆のすべて~
今年でデビュー40周年を迎える作曲家/ピアニストの加古隆さんが、5月にサントリーホールで一度きりのメモリアル・コンサートを行なう。40年の間に発表された珠玉の作品の中から、ピアノ・ソロ、「加古隆カルテット」のための曲、そして映像音楽や委嘱作品のオーケストラ曲が厳選され、三部構成で演奏される予定だ。一人のアーティストの重層的な魅力が詰まった充実のプログラムになっている。現在は都心を離れ、湯河原の山の奥に住まわれているという加古さんに、40年のヒストリーを振り返っていただいた。

――ジャズ・ピアニストとしてパリでデビューされたのが40年前。先に海外で有名になったわけですが、どういうきっかけだったのですか?


当時、僕は、パリ音楽院で現代音楽の作曲の勉強をしていました。ほとんど偶然に近いきっかけから、アメリカ人とフランス人のフリージャズのグループに参加することになったんです。知り合いを通じて彼らのためにスタジオを借りて、即興をしている彼らの横で、たまたま置いてあったピアノを鳴らしていたら、次のコンサートのチラシには僕の名前がちゃっかり入っていて(笑)。それはCDにもなっているんですよ。


――なんて強引な!(笑)半分巻き込まれたような形ですね。


もともと高校生の頃からオーソドックスなモダン・ジャズが好きで、仲間とバンドを組んだりしていました。そこからいったん離れて現代音楽をやっていたわけですが、現代音楽の自由な感覚とフリージャズの即興は、とてもフィットしたんです。当時のパリは、五月革命(1968年5月に起こった大規模な学生運動)の後で「既成の価値を壊せ」という空気感が支配的でした。それと当時アメリカで盛んだったブラック・パワーと結びついて、強烈なジャズが生まれたんですね。


――フリージャズの世界の人たちにしてみると、パリ音楽院で学んでいる日本人が即興に参加しているのは、不思議な絵だったと思います。


当時、賛辞を書いてくれたモーリス・グルグというジャーナリストに、昨年12月に久々に再会したんです。面白かったみたいですね。アカデミックなところからやってきたピアニストがジャズの世界にいるということが。実際、留学の最後の一年はほとんどパリ音楽院には行かず、ツアーばかりしていました。


――パリ音楽院では、20世紀を代表する著名な作曲家オリヴィエ・メシアンに師事されています。


メシアンに今でも感謝しているのは、当然退学しなければならないと思っていた音楽院を、無事卒業させてくれたことですね。当時のコンセルヴァトワールでは、卒業試験のために生徒自身が審査員を集めなければならなかったのですが、すべてメシアンが僕のためにセッティングしてくれたんです。


――愛情深い教師だったのですね。メシアンの授業で印象深かったことはありますか?


生徒の前で、子供の頃の原風景を語ってくれたことがありました。パリのシテ島にサン・シャペルという教会があるのですが、その小さな教会のステンドグラスが反射して、この世のものとは思えない美しい色に包まれたというのです。幼かったメシアンは「それは金色で、神がそこに現れた」と感じたそうです。


――彼の音楽の原点ですね。加古さんの原風景はどのようなものだったのですか?


「僕の最初の記憶は、4歳か5歳の頃。父親と一緒に瀬戸内海を客船で旅行したんです。夕暮れどき、なぜか僕は一人で甲板にいて、目の前には大きくて真っ赤な太陽だけでした。瀬戸内海だから陸地も見えていたと思うんですが、僕の印象では空と海と太陽がすべて神々しい光で染まっていて… 今でもそのときのことに心を集中すると、身体が震えてきて曲を作る元気が湧いてくるんです。


――メシアンと似ている!


僕は神が現れたとは思わなかったけれど、メシアンの話を聴いた瞬間に「あっ!」と思いましたね。僕は宗教を持っていないんだけど、あの夕日は宇宙そのもので、とても神聖なものだった。


――ものを作る人間として、大きな愛情の源泉をお持ちなのだと思います。留学を終えて日本に帰ってこられたのが1980年。久々の日本に違和感は感じられましたか?


僕は環境に順応しやすいので(笑)。でも、音楽の形態のことでは悩みましたね。パリではグループでやっていて、それこそが音楽の楽しみだった。それが全部なくなって、日本でまたグループを作ろうかとも思っていたんです。ピアノ・ソロという形は帰国後にスタートさせているのですが、たまたま一番夢中になれたのがソロで、「これをやっとけば将来飯が食える」なんて思ってはじめたことはひとつもない。これが好きだからこれをやる。すると、いつの間にか変わってくるんですね。ピアノの音色と、ジャズでは問題視していなかった色々なことを感じるようになり、他のアートとコラボレーションするということも始めたんです。


――帰国後の映像作品への参加や、日本のスピリットを感じさせる数々のソロ作品は、ファンの知るところです。「パリは燃えているか」「白い巨塔」もメモリアル・コンサートでは演奏されますね。


できるだけ40年間にやってきたことをすべて出したいなと思っています。やはり、ひとつの集大成ではあると思っているので。


――2010年に結成された加古隆クァルテットでのパフォーマンスも楽しみです。


アンサンブルというのは、僕の原点だと思います。国籍も言語も違うメンバーとジャズをやっていた頃から、相手の存在を感じながら演奏することに魅力を感じていました。バックグラウンドが違っても、俺たちはミュージカル・ブラザーズなんだ、と黒人ドラマーのオリヴァーが当時よく言ってたんです。ソロも素晴らしいですけど、僕ひとりですからね(笑)。カルテットは、僕の名前こそついていますが、音楽的には4等分。それぞれのミュージシャンが最大限に活躍して、音楽が高められていくのが理想です。


取材・文:小田島久恵


◆加古隆 40th アニバーサリーコンサート ~加古隆のすべて~
[日時]5月26日(日) 15:00開場 15:30開演
[会場]サントリーホール 大ホール(東京都)
[ゲスト]NAOTO(vl) [共演]加古隆クァルテット / アニヴァーサリー・オーケストラ

◆加古隆 40th アニバーサリーピアノコンサート ~加古隆のすべて~
[札幌公演]6月2日(日) 札幌コンサートホール・Kitara小ホール
[大阪公演]6月15日(土) いずみホール ※アクセス
[名古屋公演]6月22日(土) 三井住友海上しらかわホール

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加古隆 40th アニバーサリーコンサート ~加古隆のすべて~

(c)Yuji Hori

プロフィール

■加古隆〔作曲家・ピアニスト〕
東京芸術大学・大学院作曲研究室修了後、フランス政府給費留学生として渡仏。 パリ国立高等音楽院にて、現代音楽の巨匠とも称されるオリヴィエ・メシアンに師事し、アカデミックな作曲家としての道を目指していたが、73年フランスでフリージャズのピアニストとしてデビューするという特異な経歴を持つ。76年作曲賞(Prix de Composition)を得て音楽院を卒業し、80年帰国。
代表作に、パウル・クレーの絵の印象によるピアノ組曲「クレー」があり、NHKスペシャル「映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」や、TVドラマ「白い巨塔」(CX)の音楽などで話題となった。
50以上のCDがあり、近年はエイベックスクラシックスより「PIANO」(06)「熊野古道」(07)「SILENT GARDEN」(09)、2010年はピアノ四重奏団「加古隆クァルテット」を結成し、アルバム「QUARTET」を発表し、作曲家&ピアニストとしての自作品によるリサイタルを精力的に行っている。
映画音楽では、98年モントリオール世界映画祭のグランプリ作品「The Quarry」[ザ・クゥオリー](ベルギー/マリオン・ハンセル監督)の作曲で最優秀芸術貢献賞を受賞。小泉堯史監督の「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」の2作では毎日映画コンクールの音楽賞を受賞。近年は「最後の忠臣蔵」「太平洋の奇跡」の音楽を担当した。
ピアノ・ソロ曲からダイナミックなオーケストラ曲まで、幅広い作品を発表し、演奏家としての音色の美しさから「ピアノの画家」とも呼ばれる。

オフィシャルホームページ:http://www.takashikako.com/