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連載コラム『寄り道アート』10月

ハロウィンと魔女

ハロウィンの季節がやってきました。毎年10月31日のハロウィン当日まで、街には大小さまざまなオレンジ色のカボチャの「ジャック・オー・ランタン」や、魔女、お化け、ドラキュラ、コウモリなどの装飾やグッズがあふれ、ハロウィンにちなんだイベントやパーティー、コンサートなども目白押しですね。当日は思い思いの仮装をした人たちで大賑わいになることでしょう。
ハロウィンの仮装の中でも、「魔女」は定番の人気キャラクター。黒いマントに先の尖った帽子、鋭い目と鉤鼻の古典的な魔女から、アニメに出てくるようなキラキラしたかわいい魔女まで様々。この時期、魔女についていろいろ探ってみるのも面白そうですね。
それでは、ハロウィンと魔女の世界にちょっと寄り道!
■ハロウィンを知る

ハロウィンは古代ケルトの信仰をもとに、ヨーロッパで伝承され、アメリカで定着した祭りと言われています。10月31日の夜に死者の霊が家族のもとに帰ってくるとき、混じってやってくる悪霊や魔女を家に入れないように、かがり火を焚き、見つかって魂を奪われないように、恐ろしい魔物や魔女の姿に仮装するようになったとのこと。
かがり火がやがてカブやカボチャをくり抜いて中にろうそくを立てたランタンになり、仮装も時代が進むにつれ、バラエティー豊かになっていったようです。最近ではアメリカでも日本でも、恐ろしい魔物たちのほか、マンガや映画のキャラクターや流行り物など何でもあり。セクシーでかわいい魔女もあり!です。今やハロウィンは「好きな仮装をして楽しむ祭り」のようにも見えますが、じっくりその由来を調べてみるのもいいでしょう。

■魔女伝説

西洋では昔から、薬草を扱ったり占いをしたりする人が「魔女」と呼ばれて実在していたそうですが、黒マントに三角帽子、ホウキにまたがって空を飛び、魔術で悪いことをする鉤鼻の老婆、という典型的な魔女のイメージはどこから来たのでしょうね。
アメリカ、マサチューセッツ州の港町セイラムは、1692年に始まる魔女裁判で知られ、魔女博物館もあり、街の至るところに魔女のマークがあふれている「魔女の街」です。警察のマークにも、ホウキにまたがった魔女のシルエットが描かれています。ハロウィンの時期は観光客でいっぱい。
とはいえ、セイラム魔女裁判は、映画「クルーシブル」(1996年)に描かれているように、一般人を次々と魔女として罰していったおぞましい出来事で、魔女博物館でもその史実が学べるのですが、それが童話的な魔女やハロウィンのウキウキ感につながっていくところが不思議でもあり、面白いですね。

■文学・絵画・音楽などに描かれた魔女たち

魔女はまさに姿・形を変えて様々な芸術作品に登場しています。17世紀初頭に書かれたシェークスピアの「マクベス」と、それを基に19世紀に書かれたヴェルディのオペラ「マクベス」には、3人の魔女が出てきます。嵐、洞窟、不気味な物を釜で煮込む、奇妙な歌、予言・・・と、いわゆる魔女アイテムが満載!魔女の合唱は圧巻です。
スペインの画家ゴヤが18世紀末に描いた<魔女6連作>。中でも「魔女の夜宴」と「魔女たちの飛翔」は本当に怖い絵で、悪魔の化身の牡ヤギに赤ん坊を生贄として差し出したり、人間を空中でむさぼり食ったり・・・。
「夜宴」とは「サバト」という魔女や悪魔たちの集会のこと。中でも4月30日の「ヴァルプルギスの夜」は年に一度の特別なサバトとされ、ゲーテの戯曲「ファウスト」をはじめ、多くの絵画や音楽に描かれています。19世紀フランスの作曲家ベルリオーズの『幻想交響曲』第5楽章「魔女の夜宴の夢」でも、魔女たちの不気味なうめき声や笑い声、叫び、乱舞のようすが、色彩豊かな管弦楽によって繊細かつ大胆に描写されています。
ロシアの作曲家ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」も魔女や悪魔の宴を描いたもの。ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』でも取り上げられていますね。同じムソルグスキーのピアノ組曲『展覧会の絵』(※ラヴェル編曲の管弦楽版も有名)には、「バーバ・ヤーガの小屋(鶏の脚の上に建つ小屋)」という曲があります。
ロシア語の発音では「バーバ・ヤガー」だそうですが、ロシア民話などに伝わる、森の中の「鶏の脚の上に建つ小屋」に住む痩せこけた老婆で、両手には杵とホウキ、細長い臼に乗って移動し、子供を襲って食べてしまうそうです。宮崎駿の短編アニメ「パン種とタマゴ姫」にもバーバ・ヤーガが出てきますが、伝説上の特徴そのままに描かれていますよ。
同じ宮崎駿の長編アニメ映画「千と千尋の神隠し」に魔女「湯婆婆(ゆばーば)」が出てきますが、ロシア語も日本語も老婆を「バーバ」と呼ぶのは、偶然の一致にしても面白いですね。

■怖くない魔女たち

日本のアニメには魔女がよく出てきます。「魔女の宅急便」「メアリと魔法の花」、1960年代には「魔法使いサリー」が人気でした。ディズニー・アニメの「白雪姫」や「眠れる森の美女」などの魔女と違い、かわいい女の子が多いですね。
日本に伝わる、山に住んで人を食らうという「山姥(やまんば)」は、バーバ・ヤーガに近い魔女と言っていいかもしれませんが、能や浄瑠璃、歌舞伎舞踊の「山姥」は、怖いというより異界の幽玄を感じさせる存在だったり、足柄山の金太郎の母のことだったり。
海外作品でも、「オズの魔法使い」の北の魔女は善い魔女で、「ハリー・ポッター」シリーズのハーマイオニーも正義感の強い優秀な魔女。魔女は空想が創り出すものだからこそ、時代や文化によって様々な魔女が生まれてくるのでしょう。この先いったいどんな魔女が生まれてくるのか、楽しみですね。

■ハロウィンを楽しもう!

ハロウィンのお祭り騒ぎはどうも苦手という人も、こうして「魔女」をキーワードに歴史やアートを楽しむことができます。街の広場や店先にオレンジ色のカボチャが折り重なるように並んでいるのを見たら、草間彌生美術館にかぼちゃを観に行くのもいいでしょう。「怖い絵」展などもありますよ。ハロウィンで芸術の秋を楽しみましょう!

その闇を知ったとき、名画は違う顔を見せる!

大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。