Column

連載コラム『寄り道アート』11月

秋の宝物 紅葉に誘われて

紅葉が見頃を迎えています。赤や黄色や褐色や、緑色のままの葉が入り乱れる山々、あたり一面真っ赤なカエデにおおいつくされたお寺の庭、一直線に続く黄色いイチョウ並木、秋晴れの空や静かな水面に映る紅葉…どれも言葉にならない美しさですね。「世界一美しい」とも言われる日本の紅葉。今流行の「インスタ映え」すること間違いなしの風景を、昔の人はどんなふうに形に残し、その感動を表現したでしょう。そして、今だからこその紅葉との向き合い方とは?いろいろ探ってみたくなりました。
それでは、紅葉の世界にちょっと寄り道!
■紅葉、もみじ、カエデ

紅葉と書いて「こうよう」とも「もみじ」とも読みます。日本語はとてもややこしくて、黄色いイチョウも、色づく草も、葉が赤や黄色などに変わる草木はすべて「紅葉」と言っていいそうです。でも、「もみじ」といって真っ先に思い浮かべるのは、あの小さな手の形をした真っ赤な「いろはもみじ」ですよね。カエデ(英語でメープル Maple)の一種で、Japanese mapleの英名があるように、日本を代表するカエデのようです。
中国や韓国、カナダやアメリカ、ヨーロッパなど、海外にも美しい紅葉スポットがたくさんあります。そのスケールの大きさにはかないませんが、日本の紅葉との決定的な違いは「いろはもみじ」の赤にあるような気がします。あの真っ赤な紅葉は欧米ではあまり見かけません。日本の伝統的な建物や庭園、自然の風土などと一体化した赤い紅葉が織りなす光景は、鮮烈で、妖艶で、ドラマチック。ここから日本独自の芸術文化の一端が生まれても不思議ではないでしょう。

■ちはやふる

紅葉にちなんだ歌としてたびたび引用されるのが、平安時代初期の歌人、在原業平(ありわらのなりひら)によるこの一首。古今和歌集や百人一首でも知られています。

 ちはやふる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

今も紅葉の名所として名高い奈良県の竜田川。「紅葉が映った川面は、真っ赤なくくり染めのようだ。こんな光景は神代にもなかっただろう」という内容です。遠い昔のたった31文字の言葉が、当時の鮮やかな光景と業平のときめくような感動を伝え、蘇らせるとは!
後世、この歌にちなんだ芸能や芸術作品がいくつも生まれています。
江戸時代の作とされる古典落語の演目、「千早振る」もその一つ。業平の歌の意味を問われた隠居が、知ったかぶりでいい加減な解釈を語り通す話です。本来、「神代」にかかる枕詞である「ちはやふる」を、人気力士の「竜田川」が吉原の花魁「千早」に振られたから「千早振る」と言ってみたり、最後までハチャメチャな展開で笑いを誘います。
最近では、競技かるたにかける少女たちの青春を描いた、末次由紀の漫画「ちはやふる」があります。テレビアニメ化に続き、2016年に広瀬すず主演で実写映画化されて話題になりました。むしろこの作品によって、業平の「ちはやふる」の歌が広く知られるようになったとも言えるでしょう。2018年3月には続編が公開予定とのこと。
江戸時代の絵師、尾形光琳の団扇絵「紅葉流水図」など、流水とカエデが描かれたものを「竜田川図」と言うそうです。皿や茶碗などの工芸品や着物の柄など、様々なところに「竜田川図」を見つけてみるのも楽しいですね。

■紅葉狩(もみじがり)

紅葉狩(「狩」は「鑑賞する」という意味)は古くから行われていたようで、万葉集や源氏物語などにも記述があるそうです。江戸時代に観光ガイドブックのようなものが出回ると、紹介された紅葉の名所に多くの人が訪れるようになったのだとか。女性は「竜田川図」柄の着物などでオシャレをして出かけたのかもしれませんね。
「紅葉狩」は能、歌舞伎、文楽といった伝統芸能でも人気です。 まずは能の「紅葉狩」。信濃国戸隠を訪れた平維茂(たいらのこれもち)が、紅葉狩の宴を楽しむ美女たちに誘われ、酒を飲んで寝入ってしまう。夢で神にあの美女は鬼だから退治せよと告げられた維茂は、目を覚まし、正体を現した鬼と戦って退治するという物語。

歌舞伎の「紅葉狩」は、明治時代に河竹黙阿弥が能の作品を歌舞伎に仕立て直したもの。ストーリーは能に近いものの、絢爛豪華な舞台と演出、長唄などの情感豊かな音楽に圧倒されます。市川海老蔵が姫=実は鬼を演じた昨年十二月の歌舞伎座の舞台も、紅葉の赤を基調とした華やかなスペクタクルショーで、能とも現実とも違う紅葉の世界を観た気がしました。
人形が演じる文楽の「紅葉狩」は、歌舞伎版をさらに脚色してコンパクトにしたもの。それぞれ見比べてみるのも楽しいですね。

■モノクロ写真、水墨画の紅葉

「血の滴るような真っ赤な山の紅葉」(太宰治「富嶽百景」)
「太陽を透かしたカエデの葉群れが、染めたように赤い」(新海誠「小説 君の名は。」)
和歌や美術工芸、能や歌舞伎といった伝統文化でも、こうした近現代の文学においても、日本の紅葉はやっぱり真っ赤なイメージが強いのかもしれません。もちろん、色とりどりの山紅葉や黄色いイチョウ並木などを描いた作品もたくさんありますが…。
そんな中、あえてモノクロ写真や水墨画の紅葉に目を向けてみませんか。作者は何らかの意図をもって色を消したのでしょう。モノクロの紅葉写真の光と影には、見る人が心の中で自由に好きな色をつけることができます。水墨画の紅葉も、見る人によって思い浮かべる色が違うでしょう。きれいなままをきれいに写し撮った写真や絵を見るよりも、むしろ自由な想像の世界が広がって楽しいかもしれませんよ。

■紅葉を愛でると何かが変わる?

紅葉は植物の老化現象だといいます。科学的な仕組みはともかく、緑色の葉から若さの素が失われて変色した結果が紅葉です。それが緑とはまた違った、あるいはそれ以上の美しさを見せつけて、ブラボー!と称賛されるのです。自然の老化が美しいと褒められるって、なんて素敵なんでしょう。最近ではライトアップされたり、プロジェクションマッピングで飾り立てられたりして、新たな美の世界を遊んでいるようにも思えます。
老化してるくせに…と嫉妬したくなるほどのエネルギーと輝き。それを分けてもらいに紅葉狩に出かけましょう!色とりどりの紅葉を愛でるうちに、また新たな発想やアートのヒントが見つかるかもしれません。

大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。