Column

連載コラム『寄り道アート』1月

「響き」と「色」で描く雪の情景

真っ白な雪は幻想的で美しく、心をときめかせます。歌や絵画、舞台芸術、映画などでも、雪が背景やテーマになっている作品がたくさんありますが、そこで雪はどのように捉えられ、表現されているでしょうか。お気に入りの作品を思い出しながら、探ってみましょう。
それでは、雪の世界にちょっと寄り道!
■降る雪が見える音楽

どのような色や手法であっても、眼に見える形で雪を表現できる絵画などと違って、音楽は眼に見えない形で雪を表現しなくてはなりません。歌舞伎には独特の雪音や雪を想起させる定番曲がありますが、一般に音楽では決まった雪の表現はなく、作曲家や演奏家はそれぞれ創意工夫して雪を描きます。
もちろん、聴く人が雪など感じないかもしれません。あるいは雪を意識して作ったわけではない曲に、聴く人が雪を感じるかもしれません。ヴィヴァルディ『四季』の「冬」や、チャイコフスキー『くるみ割り人形』の「雪のワルツ」などを聴いてみるのもいいでしょう。他にも意外な曲の一節に、雪の情景を思い浮かべることがあったら素敵ですね。
お勧めは、ドビュッシーのピアノ組曲『子供の領分』より「雪は踊っている」。先入観なしに聴いてみてください。冒頭に「やさしく、薄もやがかかったように」という指示があり、曲全体は、微妙な変化こそあれ、ほぼ弱音で演奏されます。16分音符の規則的な連続。静かに、やむことなく、空から細かな雪の粒が降ってきては、音もなくあたりを白く覆っていく。そんな光景が目に浮かんできます。譜面そのものも、特に冒頭の部分は、書かれた音符が雪の粒のようで、まさに雪が踊っているように見えます。機会があったら、この曲の譜面をパッと開いて見てみてください。

■雪景色を描く

一面の銀世界はなんと言っても美しいもの。洋の東西を問わず、多くの画家たちが雪景色を描いています。16~17世紀、ベルギー北部フランドル地方の農民たちの姿を生き生きと描いた画家ピーテル・ブリューゲル父子も、19~20世紀の印象派を代表するフランスの画家モネも、それぞれ雪景色をたくさん描いています。他のどんな画家の作品を観ても、時代や作風は違っても、たいてい雪は白く、白い絵具で描かれているようです。
一方で、白く描かない雪の絵もあり、それがとても面白い。18世紀の日本の絵師、円山応挙による国宝「雪松図屏風」には、きらめくような金色を背景に、雪をかぶった松が右隻に1本、左隻に2本、水墨で描かれています。力強い松の幹や枝に積もる雪は、実は描いたものではなく、和紙の白地を活かした「塗り残し」なのだそうです。描いていないのに描いたように見える、その技法の巧みさに驚くばかりです。
また、20世紀ロシアの画家カンディンスキーの「冬の風景」は、具象画でも雪が白ではなく、ピンクや黄色や水色などの明るい色彩で描かれています。このカラフルな雪景色は、光や色に対する憧れや希望なのでしょうか?それとも、わずかな瞬間でも太陽の光がさしたときに見えた情景なのでしょうか?

■歌舞伎に観る雪の表現

細かく切った白い紙の「雪」を降らせる演出は、様々な舞台芸術でよく見られますが、歌舞伎でも舞台上部につるした「雪籠(ゆきかご)」を揺すって、紙の雪を降らせます。
面白いのは雪を表す音や音楽です。『恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)』より「新口村(にのくちむら)」の男女の道行き場面や、舞踊『鷺娘』終盤の激しく狂おしく舞う場面などで雪が降るとき印象的に鳴り響くのが、大太鼓による「ドンドン」という音。本来、音などしないはずの降る雪を、低く柔らかい音を連打することで象徴的に表現しているのです。
また、地歌「雪」の中で三味線が奏でる鐘の音を模した音楽が、歌舞伎ではいつしか雪を表すテーマ曲のようになっているのも一興。「スター・ウォーズ」のダース・ベーダーのテーマのように、音楽を聴いただけでそれとわかるほど定着しているのです。
そんなことに注目しながら、雪にちなんだ歌舞伎を鑑賞するのも楽しいですね。

■ことばの響きで広がる雪の情景

三好達治のあまりにも有名な2行の詩「雪」。
  太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
  次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

これには様々な解釈があるようですが、筆者には反復する単純なことばの響きがただただ心地よく、普遍的な名前と最小限のワードによって自由な想像世界がどんどん広がっていくのが楽しい、そんな詩です。まったく別のものではあるけれど、先の「雪は踊っている」に感じた何かが感覚の奥のほうで共鳴するのです。

最近の各地の豪雪や、映画「八甲田山」や「ホワイトアウト」に描かれたような、凶暴で恐ろしい雪の世界があることも忘れてはならないでしょう。でも、アートの世界では、雪は美しく、楽しく、喜びや幸せをもたらすものであってほしいと、つい願ってしまうのです。

大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。