Column
アートが最高のプレゼント―クリスマスにちなんだ芸術文化に親しもう―
街はもうすっかりクリスマス・モード。夜になると、街路も建物も、公園や遊興施設の広場も、アイデアいっぱいの装飾やイルミネーションに彩られ、うっとりするような幻想的な世界に様変わりします。クリスマスは最高にロマンチックなイベント…というのが、最近のクリスマスのイメージになっているような気がします。何か違う、と違和感を覚える人も、今のクリスマスが大好き!という人も、また少し違う角度からクリスマスのアートな一面をのぞいてみませんか?新しい気づきがあるかもしれませんよ。
それでは、クリスマスの世界にちょっと寄り道!
- ■クリスマスの12日間
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クリスマスはイエス・キリストの降誕(誕生)のお祝い。日本の一般的な風潮では、12月24日のイヴがメインのイベントのようになっていますが、ヨーロッパなどのキリスト教社会では、12月25日から1月6日までの「クリスマスの12日間」を大切にしているようです。
イギリスの伝承歌の一つに、「クリスマスの12日間」というタイトルの歌があります。「クリスマスの1日目に私のいとしい人が梨の木にいるヤマウズラをくれた」で始まり、2日目には2羽のキジバトとヤマウズラ、3日目には…と、12日間毎日もらった贈り物を付け足して歌っていきます。18世紀末頃に歌詞が作られ、後に民謡から取ったメロディーが付けられたとのことです。同じメロディーを12回くり返しながら、どんどん増える贈り物を覚えて歌っていくというゲーム感覚の面白さもあるためか、この歌は今も親しまれ歌い継がれているようです。関連の絵や絵本もたくさんあって楽しめますよ。
バッハの『クリスマス・オラトリオ』(1734年)は、クリスマスの12日間のうち6日間、1日1部ずつ教会で演奏するために作曲された、6部からなる器楽伴奏付き声楽曲です。1曲目の冒頭からトランペットやティンパニが鳴り響き、軽快なリズムに乗って合唱が「歓喜の声を上げよ!」と高らかに歌うなど、祝祭気分に満ちあふれています。今ではコンサートで6部通して演奏されるので、この時期聴く機会があれば、その圧倒的な響きに包まれてみるのも良いものです。
- ■クリスマス・キャロルから広がる世界
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歌や小説、映画のタイトルなどでよく耳にする「クリスマス・キャロル」とは、イエス・キリストの降誕を祝う歌のこと。「きよしこの夜」や「もろびとこぞりて」「We Wish You a Merry Christmas」など、おなじみの伝統的な歌がキャロルと呼ばれるようです。「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」「ホワイト・クリスマス」など、19~20世紀に作られた比較的新しいクリスマス・ソングとともに、今やクリスマスには欠かせない定番曲といえるでしょう。
この時期は他にも洋楽やJ‐Popのクリスマス・ソングが街中にあふれ、先にお話ししたバッハやサン=サーンスの『クリスマス・オラトリオ』や、「ハレルヤ・コーラス」で知られるヘンデルの『メサイア』、チャイコフスキーのバレエ曲『くるみ割り人形』などが上演されます。プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』も、それを現代に置き換えたミュージカル『レント』も、この時期ならではの物語です。魅力的な歌や音楽にたくさん出会える季節なので、いろいろ鑑賞してみるのも楽しいですね。
さて、19世紀半ばにイギリスの作家チャールズ・ディケンズが書いた小説『クリスマス・キャロル』は、強欲で意地悪で嫌われ者の初老の商人スクルージが、クリスマス・イヴに過去・現在・未来の3人の精霊に導かれ、自分の行いを反省し、慈悲深い善良な人間に生まれ変わっていくようすを描いた物語。ディケンズは現実の産業革命がもたらした貧富の差や様々な社会問題を見つめ、人間や社会のあるべき姿をこの小説で訴えたかったのではないかと言われています。発売直後から大ベストセラーとなり、イギリスはもとよりアメリカでも、スクルージに倣って改心する人や積極的に寄付や慈善活動を始める人が続出したとのこと。一冊の本が国を越えて多くの人の心や社会を動かしたとは、なんてすばらしいことでしょう!それこそ最高のクリスマス・プレゼントだったかもしれませんね。
『クリスマス・キャロル』は今も世界中で読まれ、くり返し舞台化、映画化されています。設定を現代に置き換えた映画『3人のゴースト』(1988年)の原題は『Scrooged』。これは今や「守銭奴」を意味する名詞と化した「スクルージ」をもじったものです。2009年にディズニーはアニメ版を作りましたが、21世紀のこの時代だからこそ、様々なアートの表現でこの物語を伝え、ディケンズのメッセージを発信し続けてほしいものです。
- ■クリスマスの出来事
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アメリカの作家O. ヘンリーの短編小説『賢者の贈り物』(1905年)は、貧しい夫妻の互いのクリスマス・プレゼントをめぐる行き違いを描いた物語。懐中時計を売って妻の櫛を買った夫と、自分の髪を売って夫の時計の鎖を買った妻。贈り物は無駄になってしまったけれど、互いに深い思いやりの心を受け取ったとして、作者は彼らこそ「賢者」なのだと説きます。考えさせられますね。
心温まる贈り物のエピソードをもう一つ。カンディンスキーやクレー等とも交流があり、独特の抽象絵画を多数描いたドイツ生まれの画家オットー・ネーベル(1892-1973)に大きな影響を与えたのが、クリスマスに妻が贈った中国の書『易経』だといいます。易経で使われる複数の線を組み合わせた図象をヒントに、やがて彼の中心的なフォルムとなる独特の線などを編み出していったとのこと。プレゼントが功を奏したわけです。ネーベルの誕生日が12月25日!クリスマスというのも奇遇ですね。
今年2017年の12月25日は、世界の喜劇王チャップリンの没後40周年。ワム!のボーカル、ジョージ・マイケルも、昨年のこの日に世を去りました。巷には彼の大ヒット曲「ラスト・クリスマス」が流れていたにちがいありません。
今年はどんなクリスマスの出来事が待っているでしょう?お洒落をして、華やかに飾られた街を眺めたり、展覧会やコンサートに出かけてみたり、この季節ならではの様々なクリスマス・アートを楽しみましょう!メリー・クリスマス!
大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。

それでは、クリスマスの世界にちょっと寄り道!
- ■クリスマスの12日間
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クリスマスはイエス・キリストの降誕(誕生)のお祝い。日本の一般的な風潮では、12月24日のイヴがメインのイベントのようになっていますが、ヨーロッパなどのキリスト教社会では、12月25日から1月6日までの「クリスマスの12日間」を大切にしているようです。
イギリスの伝承歌の一つに、「クリスマスの12日間」というタイトルの歌があります。「クリスマスの1日目に私のいとしい人が梨の木にいるヤマウズラをくれた」で始まり、2日目には2羽のキジバトとヤマウズラ、3日目には…と、12日間毎日もらった贈り物を付け足して歌っていきます。18世紀末頃に歌詞が作られ、後に民謡から取ったメロディーが付けられたとのことです。同じメロディーを12回くり返しながら、どんどん増える贈り物を覚えて歌っていくというゲーム感覚の面白さもあるためか、この歌は今も親しまれ歌い継がれているようです。関連の絵や絵本もたくさんあって楽しめますよ。
バッハの『クリスマス・オラトリオ』(1734年)は、クリスマスの12日間のうち6日間、1日1部ずつ教会で演奏するために作曲された、6部からなる器楽伴奏付き声楽曲です。1曲目の冒頭からトランペットやティンパニが鳴り響き、軽快なリズムに乗って合唱が「歓喜の声を上げよ!」と高らかに歌うなど、祝祭気分に満ちあふれています。今ではコンサートで6部通して演奏されるので、この時期聴く機会があれば、その圧倒的な響きに包まれてみるのも良いものです。 - ■クリスマス・キャロルから広がる世界
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歌や小説、映画のタイトルなどでよく耳にする「クリスマス・キャロル」とは、イエス・キリストの降誕を祝う歌のこと。「きよしこの夜」や「もろびとこぞりて」「We Wish You a Merry Christmas」など、おなじみの伝統的な歌がキャロルと呼ばれるようです。「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」「ホワイト・クリスマス」など、19~20世紀に作られた比較的新しいクリスマス・ソングとともに、今やクリスマスには欠かせない定番曲といえるでしょう。
この時期は他にも洋楽やJ‐Popのクリスマス・ソングが街中にあふれ、先にお話ししたバッハやサン=サーンスの『クリスマス・オラトリオ』や、「ハレルヤ・コーラス」で知られるヘンデルの『メサイア』、チャイコフスキーのバレエ曲『くるみ割り人形』などが上演されます。プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』も、それを現代に置き換えたミュージカル『レント』も、この時期ならではの物語です。魅力的な歌や音楽にたくさん出会える季節なので、いろいろ鑑賞してみるのも楽しいですね。さて、19世紀半ばにイギリスの作家チャールズ・ディケンズが書いた小説『クリスマス・キャロル』は、強欲で意地悪で嫌われ者の初老の商人スクルージが、クリスマス・イヴに過去・現在・未来の3人の精霊に導かれ、自分の行いを反省し、慈悲深い善良な人間に生まれ変わっていくようすを描いた物語。ディケンズは現実の産業革命がもたらした貧富の差や様々な社会問題を見つめ、人間や社会のあるべき姿をこの小説で訴えたかったのではないかと言われています。発売直後から大ベストセラーとなり、イギリスはもとよりアメリカでも、スクルージに倣って改心する人や積極的に寄付や慈善活動を始める人が続出したとのこと。一冊の本が国を越えて多くの人の心や社会を動かしたとは、なんてすばらしいことでしょう!それこそ最高のクリスマス・プレゼントだったかもしれませんね。
『クリスマス・キャロル』は今も世界中で読まれ、くり返し舞台化、映画化されています。設定を現代に置き換えた映画『3人のゴースト』(1988年)の原題は『Scrooged』。これは今や「守銭奴」を意味する名詞と化した「スクルージ」をもじったものです。2009年にディズニーはアニメ版を作りましたが、21世紀のこの時代だからこそ、様々なアートの表現でこの物語を伝え、ディケンズのメッセージを発信し続けてほしいものです。 - ■クリスマスの出来事
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アメリカの作家O. ヘンリーの短編小説『賢者の贈り物』(1905年)は、貧しい夫妻の互いのクリスマス・プレゼントをめぐる行き違いを描いた物語。懐中時計を売って妻の櫛を買った夫と、自分の髪を売って夫の時計の鎖を買った妻。贈り物は無駄になってしまったけれど、互いに深い思いやりの心を受け取ったとして、作者は彼らこそ「賢者」なのだと説きます。考えさせられますね。
心温まる贈り物のエピソードをもう一つ。カンディンスキーやクレー等とも交流があり、独特の抽象絵画を多数描いたドイツ生まれの画家オットー・ネーベル(1892-1973)に大きな影響を与えたのが、クリスマスに妻が贈った中国の書『易経』だといいます。易経で使われる複数の線を組み合わせた図象をヒントに、やがて彼の中心的なフォルムとなる独特の線などを編み出していったとのこと。プレゼントが功を奏したわけです。ネーベルの誕生日が12月25日!クリスマスというのも奇遇ですね。今年2017年の12月25日は、世界の喜劇王チャップリンの没後40周年。ワム!のボーカル、ジョージ・マイケルも、昨年のこの日に世を去りました。巷には彼の大ヒット曲「ラスト・クリスマス」が流れていたにちがいありません。
今年はどんなクリスマスの出来事が待っているでしょう?お洒落をして、華やかに飾られた街を眺めたり、展覧会やコンサートに出かけてみたり、この季節ならではの様々なクリスマス・アートを楽しみましょう!メリー・クリスマス!
大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。