Report
新しい鑑賞の仕方に出会う夜
今回は、クラシックコンサートの楽しみどころを見つける、ピアノ生演奏付きのトーク&演奏イベント。当日の様子をレポートします。会場:西巣鴨音楽堂 音楽サロン
ピアニスト:高橋優介 池平仁史
案内人:今井俊介
モデレーター:三浦祥敬
ラフマニノフの人生と対比して聴いてみる
今回のプログラムは、ラフマニノフについての理解を深めつつ、参加者同士で曲を聴いて感じたことを共有するなど、新しい方法を取り入れた鑑賞イベント。ラフマニノフの人生の軌跡になぞって<優等生時代><挫折からの復活><祖国との別れ><新天地アメリカ>の4つの時期に分けて話が進められました。
まずは、上野学園大学に在籍されている池平さんによる「前奏曲嬰ハ短調」のピアノ演奏からスタート。重厚な響きが会場を満たします。
曲に表れるラフマニノフの人間性
今井 家庭環境に恵まれなかったラフマニノフが安らぎを求めたところは教会でした。そこで聴いた宗教音楽や鐘の音に、インスピレーションを受けたと言われていて、この後演奏する曲の中にも片鱗が見られます。
まずはじめに演奏した「前奏曲嬰ハ短調」は、浅田真央さんがフィギュアスケートで使用してからお茶の間にも広まったので、ご存知の方も多いかと思います。この曲はラフマニノフが、モスクワ音楽院を卒業してすぐ書かれた曲で、初演から人気の1曲。この曲は通称「鐘」と呼ばれていますが、人生を通して鐘の音が使われていくことになります。

ピアノ科、作曲科ともに首席で卒業し、ヨーロッパ中に評判も広がってゆきます。そんな中「交響曲第1番」を書くものの、これが大ゴケ。それから約3年間曲が書けなくなってしまいます。このスランプを乗り越えてた時期に書かれた曲の中から「2台のピアノのための組曲第2番」を演奏します。
高橋 ラフマニノフが若い時代の曲なので、照れ隠しをしていない、ロマンチックに作曲された美しい曲です。
アンサンブルの醍醐味を感じる
2台のグランドピアノが向きあった形で、2人で演奏されました。
今井 一人一人は別々の演奏をしていますが、2人が合わさると曲になる。非常に高いアンサンブル能力を求められる曲で、高い集中力を維持させないと演奏できない曲です。なので、合わせている時の喜びも感じられる曲でもあります。
またこの曲は、聖歌のメロディーなどが隠れている点が、ラフマニノフの人間らしさを感じさせます。そこにはラフマニノフ自身、次のステージに進んで行きたいのだけれども、過去をひきずっている、という葛藤が垣間見えます。
高橋 言いたい事が言えない葛藤があって、言いたい事を暗号的に織り交ぜている点はクラシック音楽の魅力ですが、同時にクラシックを聴きづらくしている原因とも言えるかもしれません。
アートカードを使って、感想の共有タイム

ラフマニノフの人間らしさや2人の高いアンサンブル能力に注目しながら、もう一度同じ曲を聴いてみることに。
その後、新たな鑑賞方法が提案されました。絵画や彫刻作品が印刷されたアートカードを使って、観客同士で曲から感じた印象や今の気持ちを共有するという方法です。無造作に置かれた沢山のアートカードの中から、直感でカードを選ぶのですが、選ぶカードは皆バラバラ。
「直感的にキラキラしているな」とイメージした方や、「ストーリー性」を感じた方、「いろいろな要素がロジカルに組み合わさっている」など、みなそれぞれに音を感じた様子。
高橋さんによる「絵画的練習曲<音の絵>作品39 第6曲」を聴いて、再度アートカードを使って感想を共有しました。自分とは違う曲の聴き方・感じ方に触れ合うことで、感性を刺激されたようで盛り上がりました。
晩年のラフマニノフと最後の曲
ここからは最後の1曲の演奏に向けてラフマニノフの人生の後半の話になります。
今井 最後に演奏する曲は、ラフマニノフが生涯最後に書いた「交響的舞曲」です。ロシア革命が起こった時期、アメリカに拠点を移します。
超絶技巧が得意だった彼は、ピアニストとして重宝されました。祖国を離れたこと、演奏の仕事に追われたことさまざまな要因が重なり、曲を書けなくなってしまいます。しかし、映画に興味を持ちハリウッドへの移住を考え、カリフォルニアに赴いた際に「交響的舞曲」が生まれます。
3楽章で構成されていますが、生まれたロシアの話から、戦争や、祖国を離れたことなど、すべてが表現されているような気がして、そこにラフマニノフの人間性を感じることができます。この曲が書かれて、3年後に癌で亡くなりますが、最期まで復帰を望んでいました。
純粋に聴くことを楽しんでほしい

今井 クラシックの演奏会というと、椅子がずらーっと並んでいる中で、かしこまって聞く、という光景をイメージすると思います。
歴史を辿りますと、17世紀音楽は貴族のためにありました。例えば、晩餐会のために作曲され、晩餐会が終われば曲は捨てられていました。
その後、フランス革命を経て市民社会となるとブルジョワが社会的に台頭し、彼らがクラシック音楽の聞き手となっていきます。すると、凄い演奏技術などの「パフォーマンスで魅了するタイプ」と、「音楽を純粋に楽しむタイプ」の2つの流派に分かれました。その中で、パフォーマンス力がある演奏家が市民階級には受け入れられていきます。
パファーマンス力がある演奏家は同時に作曲もしていましたが、他者が演奏する際は著作権料等を求めました。新しい曲は、高い著作権料が発生し公演がなりたたないため、演奏できませんでした。
そこで、古い作品が再注目され演奏されるようになり、ベートーヴェンやモーツァルトを「神格化」し、「神格化された巨匠の精神性を、音楽を通して共有する」という聴き方が生まれてきます。その後、この聴き方が今日に至るまで続いています。
しかし、今は今日のように多様化した聴き方で楽しめるような時代です。そのような聴き方に囚われず、人それぞれ自分の好きな聴き方で、純粋に音を楽しんで貰えたら嬉しいです。