演劇集団 円(エンゲキシュウダンエン) のチケット情報

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演劇集団 円(えんげきしゅうだん えん)は、東京都を本拠とする日本の劇団である。関係者は「劇団」ではなく「集団」と、また所属するスタッフのことを「団員」ではなく「会員」と呼ぶ。

概要
1975年に芥川比呂志を中心に、劇団雲から独立する形で設立。現在の代表は橋爪功。

公演レパートリーは幅広く多様であり、国内外の著名な劇作家はもちろん、演劇集団 円に所属する劇作家による書き下ろし作品も定期的に上演。2009年10月の『コネマラの骸骨』上演により、世界で初めてマーティン・マクドナーの「リーナン三部作」を全て上演した劇団となった。

演劇集団 円による舞台公演(本公演)は年間4~5作品のペースで行われている。特に岸田今日子の発案により始まった「円・こどもステージ」は毎年12月に行われ、別役実、谷川俊太郎、佐野洋子らにより書き下ろされた作品は大人から子供まで楽しめる舞台として好評を博している。また、毎年静岡県伊豆市で野外劇「菜の花舞台」を開催し、野外劇でありながら1日で数千人の観客を集めている。

公演は主に紀伊國屋ホールやシアターΧといった劇場で行われるが、2002年には稽古場も兼ねた劇場「ステージ円」を台東区西浅草1丁目に開場。また、同一の敷地内に円・演劇研究所を設けた。俳優や演出家、テクニカルスタッフなどを志望する研究生は、原則2年間の養成期間と審査を経て、正式に演劇集団 円の会員に昇格する。

2014年に西浅草の「ステージ円」を閉鎖。三鷹市下連雀4丁目に事務所、稽古場を新たに設け、円・演劇研究所も同地に移っている。

略歴
*1975年 - 現代演劇協会より脱退した芥川比呂志を中心に、49名で「演劇集団 円」を結成。新橋に稽古場を設け、所属俳優のマネージメント会社「円企画」(代表取締役・渥美國泰)を同時に設立。
*1976年 - 西武劇場にて、旗揚げ公演「壊れた風景」(作・別役実、演出・高橋昌也)を上演。
*1978年 - 芥川の体調不良により結成以来延期されていた「夜叉ヶ池」(作・泉鏡花、演出・芥川)を上演。
*1981年 - 西新宿に稽古場兼劇場となる「新宿・ステージ円」を開場。10月に代表の芥川が死去、仲谷昇が劇団代表及び株式会社円の代表取締役に就任。「円・こどもステージ」第1回公演が行われる。
*1989年 - 新宿西口再開発に伴い、「新宿・ステージ円」
「演劇集団_円」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2019年06月28日(金) 17:48UTC
公式サイト
公演レビュー
  • アインシュタインの休日

    吉田小夏の作品を初めて観る。東西屋(今のちんどん屋)花房佐助と娘雪枝の前口上にある通り、かのアインシュタインは登場しない。時は、相対性理論を発表したアインシュタイン博士が、講演と休暇を兼ねて世界を旅して、日本に立ち寄った大正11年の頃。場所は浅草馬車道7番地、佐助の兄松蔵が営む花房製麵(パン屋)の居間が舞台。下宿屋を兼ねる花房家に関わる人びとの暮らしと当時の世相を丁寧に描いている。100年近く前の下町の暮らしぶりと親子の関わり方、夫婦間の倫理観?や大正ロマンの影響下での女性の自立の芽生えといった人間関係を、演劇集団円の俳優陣が見事に再現している。相対性理論は分からなくても、スーパースターを一目見たいという好奇心旺盛な人々の関心と時代の雰囲気を醸し出した秀作だ。花房佐助(小川剛生)と娘雪枝(野上絵理)の温かい親子関係がほほえましい。概して吉田久美、薬丸夏子、平田舞等女性陣が際立ったのは大正時代が良かったせいだろうか?関東大震災の前の話である。

    粗忽者の早とちり
  • 演劇集団 円 「透明な血」

    舞台中央に水を張った池、それを囲むような左右の側面が階段状になっている回廊、水面に映える光が陽炎のように揺らめいている。その中を激しく、妖しげなヨース毛のチェロの響。当然ニコが撃ち殺される場面、それは夢なのかこれからの展開を暗示しているが、奇怪な物語に違いない。「ラムラムトット、ラムダッタ、ラムダララン」の呪文、盛んにつかわれる水、どす黒い血、水子、これらがキーワードのように暗いおぞましい世界へと導いてゆく。・・・戦場での殺戮にエクスタシーを覚えるヤヌイ将軍(大谷朗)、その妻で銀髪の精悍な美貌と、豊満な胸を黒いドレスに身を包みながら、その言動は、似つかわしくないほど激しくいぎたないニコ(朴璐美)には、性的な関係を持たない約束があった。・・・そのニコの異常な振る舞いには、どうやらその出生の秘密が陰を落としているようだ。・・・しかしSEXを毛嫌いするニコにも、避けがたい女の生理が、呪文を越えて男を要求する。・・・全体的に暴力とアブノーマルなSEXが蔽うなかで、生を得た命、この世に産み落とされなかった命、その両方に関わる女の命がテーマなのだろうか?道化師的立場の召使ムコク(山崎健二)も良かったが、何と言っても水に浸かり、浴びながらその姿態を十二分に発揮した朴璐美とヨース毛のチェロが目を引いていた。・・・探し出された幻の姉の正体が、この戯曲の肝かもしれない。ただ最後はやり過ぎの感もしたが・・・

    粗忽者の早とちり
  • 演劇集団 円 『フォースタス』

     見終わっても拍手する気など起こらぬ芝居はある。これがそうだった。半分も終わらぬうちに出て行きたくなった。出なかったのはともかく最後まで見ないと批評の資格はないと思ったからだ。  知識の再奥を極めながらも飽き足らず悪魔の助けまで借りながら禁断の領域に踏み込もうとする人物、それはもちろん深刻な思想劇になりうる。しかし、マーロウの原作を借りて鈴木勝秀が選んだのは彼を滑稽劇の主人公として提示することであった。チラシには「パンキッシュな芝居を作ろうと思った」とある。そのためであろうそこに時事ネタや孤独老人やらを持ち込んで客を笑わそうと試みている。  問題は、パンク風に笑わせるために17世紀イギリス古典劇を引っ張り出すことの必然性である。台本・演出の鈴木勝秀は何を狙ったのか。パンフレットに書かれた「人間は相対的にしか存在できない云々」の悟ったような文言が実際の台本・演出にどう反映しているというのだ? そこに載っている刺激的裸体写真は何を狙っているのだ?  しかも劇中で、西洋人なら多少の心得があって理解可能でもあろう魔界の人物群や中世西欧の君主の名前が何の注釈もなく列挙される。私には、そして多分観客のほぼすべてにとって、彼らは無意味なる固有名詞であり、劇の筋の理解には至らない。  鈴木勝秀の今までの仕事は何も知らない。しかし、これを見ただけでもう彼の作品は見ようとは思わなくなった。そしてこれを上演した円にも再び大いなる疑問を持つようになった。  円はどうなってしまったのだろう? 数年前に上演した東童司作の『夏ノ方舟』の幼稚さ、アナクロニズムで円の方針に大いなる疑問を抱いたものだが、今回でほとんどこの劇団を見捨てたくなった。

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