永井真理子(ナガイマリコ) のチケット情報

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永井 真理子(ながい まりこ、1966年12月4日 - )は、ミュージシャン・歌手である。本名:廣田 真理子(ひろた まりこ、旧姓:永井)。静岡県御殿場市出身。麗澤瑞浪高等学校、日本女子体育短期大学保育科卒業。血液型はB型。

来歴
実家は静岡県御殿場市で美容室を営んでいたが、父が病気であったことや家庭を思い、美容室を継ぐか迷っていた。しかし母により、広い世界を見てそれから自身の人生を選択するように助言され、子供が好きなこともあり、まずは保育士を目指して短大進学とともに上京する。

都内での暮らしは楽なものではなかったが、自身には夢があり、そのような暮らしは苦にならなかったという。大学では音楽活動もしたいと思っており、知り合いの紹介で中央大学のバンド「WIZARD」にコーラスとして加わる。やがて「WIZARD」のボーカルが辞め、永井がボーカルを務めることになった。このバンドでの経験により、永井は音楽の世界に魅せられその活動に没頭した。ところが、後に「WIZARD」は解散してしまう。

永井は音楽を諦められず、自ら後に契約することになるファンハウス(現:アリオラジャパン)へデモテープを持参した。永井は即席のバンド「Dance」を結成しライブを行ったが、この中には後に永井に多くの楽曲を提供することになる前田克樹の姿もあった。ライブの翌日に音楽関係者より連絡があり、デビューを前提にアルバム『上機嫌』の制作を行うことになった。ただ、大学は辞めずにレコーディングなどを行い、大学卒業後の1987年にファンハウス(現:アリオラジャパン)より「oh,ムーンライト」でデビューした。デビュー後の1980年代後半から1990年代前半にかけ、ボーイッシュな雰囲気で人気を得て、「ミラクル・ガール」(1989年)、「ZUTTO」(1990年)など多くのヒット曲を生んだ。

1991年には、『第42回NHK紅白歌合戦』(NHK)に初出場を果たし、紅組の9組目で「ZUTTO」を披露した。

1992年8月2日、日本人女性アーティストとして初の横浜スタジアムでのライブを開催し、翌1993年7月31日にも同スタジアムでライブを開催した。そのライブ公演2回目のアンコールの際、ステージ上でツアーバンド「Hysteric Mama」のギタリスト・廣田コージ(COZZi)と婚約したことを発表した。このライブの
「永井真理子」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2019年06月10日(月) 12:23UTC
公式サイト
公演レビュー
  • 永井真理子

    これまで以上にアーティスト(出演者)とファン(観客)が一体となった、パワー溢れる最高のライブでした。名古屋は永井真理子さんのデビュー前からの思い出の地でもあり、アンコールでは真理子さんの涙腺が緩んでしまいボーカルが途切れる場面も。それを見て応援するファンの皆さんの姿も一体感があって最高でした。次回のライブも是非とも参加したいと思います。 ただ、この会場にこの人数は無理あるのではないでしょうか?(酸欠気味)次回はZepp Nagoya等を希望します。

    ynao0710
  • 永井真理子

    1993年の時以来何と26年振りのライブ。 当時と何も変わっていない、声もMCも相変わらず退屈させない絶妙なバランス。 名古屋が地元だけについお帰りなさいと叫んでいました。 ホールのライブよりライブハウスの方が、盛り上がりもハンパないです。 これからしばらくは病みつきになりそうな最高のライブでした。

    117さぼてん
  • SUNHALL Renewal4周年 STYLE NUMBER -LADIES Unpluged-

    アルバムPocketはZUTTO愛聴盤でしたがライブに行く機会無く、今回が初めてです。 昔の「元気印」のイメージ、変わりませんね。 Pocketの中の曲も4曲ほど歌ってくれ、周りの観客と一緒に拳を振り上げての大盛り上がりでとても楽しめました(*^_^*)

    ちゅらしま
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