藤巻亮太(フジマキリョウタ) のチケット情報

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藤巻亮太
藤巻 亮太(ふじまき りょうた、1980年1月12日 - )は、レミオロメンのボーカル兼ギター。ほぼ全ての楽曲の作詞と作曲をしていた。山梨県東八代郡御坂町(現笛吹市)出身。既婚。 身長172cm。

人物、エピソード
(省略)
レミオロメンではボーカルとギターをしている。また楽曲の全ての作詞とほぼ全ての楽曲の作曲をしている。

結成後、レミオロメンというバンド名を決める際のジャンケンで一番に勝ち、当時「OK Computer」や「Kid A」で高い評価を得ていたイギリスのロックバンド、レディオヘッドの頭文字「レ」をとった。

永遠のスターはTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉である。これは藤巻がコンビニでバイトしていたころ店内でよくTHE YELLOW MONKEYの楽曲が流れていたためであると2007年3月30日放送の僕らの音楽で公言している。また、コラボレーション・ゲストに吉井和哉を希望し「楽園」を2人で歌い初の共演を果たした。その後2009年8月15日にはJ-WAVE LIVE 2000+9(2日目)にトリとして出演後、アンコールで同日出演した吉井和哉をステージに招き「JAM」を熱唱した。その他雑誌等で対談もしている。

非常に多くのギターを所有しておりライブでは楽曲に合わせてしばしばギターを交換している。主に使用されるのはフェンダー・ストラトキャスター、フェンダー・ジャズマスター、リッケンバッカー、エピフォン・カジノ、グレッチなど。

30歳になる前に富士山登頂したいと地元山梨山中湖で開催されたSPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER 2009のライブ出演の2日前に富士登山し登頂した。

ヒット曲である粉雪をリリースした頃は右目にかかるほどの長めのアシンメトリーであった。

初めて友達とセッションしたのはユニコーンの「すばらしい日々」。これが音楽の世界にはまっていくきっかけになった。初めて作った曲のタイトルは「コンクリート」。大学在学中「ライン」というバンドを組んでいた。

最近では、高校時代に購入したギブソン・レスポールをライブで使用することがある。落ち着く時間は「吉田拓郎の曲を聴いている時」。

登山家野口健と雑誌の対談をきっかけに交流を持ち、富士山の清掃活動に参加し、2010年の年末から翌年にかけてヒマラヤ登山を共にした。2
「藤巻亮太」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2019年05月10日(金) 07:01UTC
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