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チケットぴあインタビュー

井上道義/東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」

井上道義/東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」

「記憶の城」で主導権を争う男女の物語

20世紀ハンガリーの大作曲家、バルトーク・ベラ(1881-1945)。
彼が遺した傑作オペラ《青ひげ公の城》(1918)では、
神秘的な響きのもと、「愛の記憶」の在り方が
全く異なる男女の姿が暴かれてゆく。

【STORY】
吟遊詩人の口上の後にオペラが始まる。許婚を捨て、家族の反対も押し切って青ひげ公に嫁いだユーディトは、七つの開かずの扉を開けるよう夫に願い、「この城に光をもたらすのよ」と告げる。第一の扉は拷問部屋、第二の扉は武器庫、第三の扉は数々の財宝を隠していた。第四の扉を開けると血染めの土の上に花園が広がり、第五の扉からは青ひげの領地が見渡せる。しかし、夫の制止を振り切ってユーディトが第六の扉を開くと涙の湖が見え、最後の扉を開けると青ひげの前妻たちが生きて現われる。ここで青ひげはユーディトに近づき、豪華な衣裳や王冠を身に着けさせる。するとユーディトは他の女たちと一緒に部屋の奥に姿を消す。舞台が暗くなって幕。


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「オペラ《青ひげ公の城》の世界とは、つまりは、全ての男性が心に持つ『記憶の城』なんです。忘れれば良いような昔のことを何度も思い出したりするんだよ!男ってやつは(笑)。30年前の思い出が昨日のように蘇ってきたりするね。だから、学生時代に仲の良かった女性に突然電話したくなるようなことも起きる。でも実際に電話をかけてみると、出た相手はいきなり『何よ、今ごろ電話なんかしてきて、冗談じゃないわ!』ってことになるわけだ(笑)。この違いにはびっくりします。女性は切り替えと割り切りの『上書き機能つき記憶回路』を持っているから、過去と現在は別もの。昔と今が交差しない。でも、男はそうじゃない。過去の愛と現在の愛が両立することが多いんです」


――確かに。ふとした瞬間に、昔の相手を懐かしむ気持ちが沸くことも。


「オペラに出てくる『七つの扉』とは、青ひげの心に棲む過去の7人の女たちのことでしょう。彼の頭の中には、彼女たちがまだ活き活きと存在しています・・・僕自身の心にだって、昔巡りあった女性が何人も居続けていますよ。でも、今僕が付き合っている女の人はそんなこと想像もしないでしょう。男女の意識の違いがそこに歴然とありますね。青ひげに嫁ぐユーディトも相手の心中は読めていません。家族の反対を押し切り、許婚を捨ててまで青ひげの元にやって来る彼女なのに」



ここで、人間性の解釈に一歩踏み込んで。


「でも、もともと恋愛ってそういうものだよね?本当に相手を好きになれば、他はどうでもよくなり、自分の命をなげうっても良いと思えてくる。ただ、普通の人は実際にはそこまで踏み切れないですね。でも、そういった衝動が無い人生というのも残念ですよ。恋愛じゃなくても、なりたいものになるための勉強や、どこかに行くための資金を稼ぐとか、熱中出来るものはあった方が良い。音楽畑ではピアニストからよく聞かされます。『私はピアノが恋人なのよ!』って。何にせよ、打ち込めるものが有った人は幸せです。『あの時は生きていたな!』という実感を、少し後になって思うんだろうな」


――しかし、ドラマの青ひげとユーディトの関係性は、一筋縄では行かないものに。


「青ひげを一途に愛しても、その一方でユーディトには成し遂げたいことがある。それは『この恋愛では自分が主導権を握る』ということです。どんな状況でも自分を失わない彼女だからこそ、受動的な姿勢で青ひげのものになるのは嫌だと言い続けるのです。でも、青ひげの側では答えは最初から決まっている。彼は自分に物凄く自信があるから、『主導権を最後に握るのは俺だ!』と譲らない。その闘いの果てに、青ひげは、ユーディトの存在を、それまでの女たちと同様に、記憶の城に仕舞い込むことになってしまうんだね」


――なるほど。ならば、幕が降りた後のユーディトは一体どういうことに?


「たぶん、過去の奥さんたちは本当はもう逃げ出してしまっていて、城には居ないんだろうね。でも、青ひげの記憶の中からは出られぬままであるということ・・・それがこの物語の真相なんでしょう。ユーディトも、肉体的には脱出したかもしれないけれど、青ひげの記憶の中では囚われたまま。その辺りを幕切れでどう描くかは、当日までのお楽しみですよ!」


――ちなみに、今回のステージでは、冒頭に出る吟遊詩人の役を名優仲代達矢が演じるのも話題の的。


「出て頂けて本当に嬉しいです。俳優育成の『無名塾』を長年続けておられますが、昔、立ち上げ後すぐにイプセンの『ソルネス』の公演があり、それを観に行きました。その時、『私の一生は、雲の上に揺るぎのない城を建てること!』という仲代さんの台詞に強烈な印象を受けました。まさに音楽の演奏と同じ境地ですよ・・・実はその無名塾に僕の親戚も入っていたんだよ。良い女優さんでしたが、その後何年かしたら俳優の役所広司の奥さんになっていた!(笑)。こうした繋がりもあって、仲代さんに出演頂けることになりました」



ここで話題はバルトークの音楽へ。


「《青ひげ公の城》を歌劇場で観たのは随分前ですが、言葉も判らず舞台は暗く、字幕もないし、大舞台なのに二人しか出てこないし、何これ?と思ったね(笑)。でも、ここ何年かで、この作品をやろうという気持ちがどんどん強くなり、四年ほど前にも実演を振りました。バルトークの音楽は本当に、非常に、ヒッジョーに独特! よくあんな風に書けるなと思います。その独自性は土地柄に根ざしたものでもあるのでしょう。彼は民謡の採取をずっとやっていたからね」


――確かに、ウィーンで勉強しようと思ったものの、結局は自分の国の音楽院に入ったバルトーク。故郷への思いは非常に強い筈。


「彼はトランシルヴァニア地方の出身ですが、あの辺はハンガリー系とルーマニア系が共存していて、常に民族問題を抱えていますね。日本人には判らない、領土を『取った取られた』の繰り返しで、まさに何十年かごとに国境線が変わるような感じです。そういった人々には、国の全体像を象徴するものは地図ではなく、物語であったり音楽であったりする。縁ある音楽を耳にしたならば、『あ、これは自分の居たところのメロディだ!』と判り、繋がりを肌で実感するんでしょう・・・僕は30代の頃、ルーマニアのクルージュでたびたびオーケストラを振っていました。ここもトランシルヴァニアに属していて、ルーマニア語でやる歌劇場とハンガリー語でやるオペラハウスと二つあったんですよ。あんな小さな街でもね。バルトークの故郷も、当時はハンガリー領で現在はルーマニア領のナジセントミクローシュというところです。そういった複雑な文化圏で彼の独自性は育まれたんですよ」



最後に、照明プランも手がけた今回のステージングについて。


「主演者二人はハンガリーの名歌手。バスのコヴァーチ・イシュトヴァーンとソプラノのメラース・アンドレアに歌ってもらいます。このオペラではアリアのような部分的な聴きどころよりも、全体的なテーマをどーんと打ち出すことで、その世界観を皆さんにも深く理解して貰えるはずです。過去の7人の女たちの存在感も音楽がはっきりと表しますし、彼女たちそれぞれが持つ『色』も、照明を作り込むことで充分理解して頂けるでしょう。お能のような形式的な所作も交えながら、今を生きるのは青ひげとユーディトのみで、この二人が恋愛関係を全うするということがステージで表現出来れば良いですね。だから舞台装置も要らない。今回はオーケストラがピットでなくステージで鳴らすから、それぞれの楽員さんが出している音もより鮮烈な色合いを帯びて、音として沸き立つような作品になりますよ。なお、前座でオッフェンバックのバレエ音楽《パリの喜び》もやります。内容があまりに対照的ですが、それぞれ人生の明暗を象徴するということで、両方とも愉しんで頂けると思います。皆様のご来場をお待ちしています!」


取材・構成:岸 純信(オペラ研究家)
東京芸術劇場 広報誌「芸劇BUZZ」vol.4より転載


◆東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」
9月13日(金) 19:00開演 東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:井上道義
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

コヴァーチ・イシュトヴァーン(青ひげ公/バス)
メラース・アンドレア(ユーディト/メゾソプラノ)
仲代達矢(吟遊詩人)

【曲目】
オッフェンバック(ロザンタール編曲)/バレエ音楽「パリの喜び」
バルトーク/歌劇「青ひげ公の城」 ※照明:足立恒

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井上道義/東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」

井上道義/東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」

井上道義

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仲代達矢

井上道義/東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」

コヴァーチ・イシュトヴァーン

井上道義/東京芸術劇場 コンサートオペラ Vol.1 バルトーク「青ひげ公の城」

メラース・アンドレア

プロフィール

井上道義
1971年グィド・カンテルリ指揮者コンクール優勝。1983~88年新日本フィル音楽監督、1990~98年京都市響音楽監督・常任指揮者。現在、オーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督。シカゴ響、ロイヤル・フィル、ミュンヘン・フィル、スカラ・フィル、レニングラード響、マルセイユ歌劇場等に客演。近年では、2007年東京・日比谷公会堂にてショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクトを開催、大きな成功を収めた。オペラでは2009年東京芸術劇場による共同制作公演「トゥーランドット」、2010年「イリス」(指揮、演出)、2012~13年「カルメン」で高い評価を受けた。