私が今回『リゴレット』の演出をするときに注目したのは、ヴェルディがこの物語を自分の生きた時代の設定で書いたことなんです。台本の元になっているのはヴィクトル・ユーゴーの小説ですが、ヴェルディは昔の話を再現するのではなく、あくまでも彼の生きた時代を背景にしてオペラを書いた。ですから、私も意図して歴史的な要素を取り込まないようにして、作品を作りました。作曲家がリゴレットを書いた意図や登場人物の関係性を、われわれ現代性に置き換えることにしたのです。
もうひとつ、私の演出ではホテルを舞台に物語が展開していきますが、これは建築的観点、外観のエレガンスさも重要なのですが、それ以上に、ホテルは住んでいる人たちが奉仕される場所だということを思い出してほしいのです。召使に奉仕されるという意味で、昔の宮廷に似ているのです。ホテルはまた、悪事がドアの向こうで行われやすい“匿名性”の強い場所です。それもホテルを舞台に選んだ理由です。
――クリーゲンブルクは『リゴレット』の物語を「モラルの崩壊した世界の出来事」と要約する。作品の芯になる要素を見つけて、そこからオペラが歴史の中でまとってきた「衣裳」や「記憶」を抜いていく手法は、とても確信的だ。
大事なのは、作品のもつ緊張感をどうやって演出で追っていくかということです。音楽的にも物語的にも、『リゴレット』は一貫したテンションに貫かれていて、それが観客に大きなスリルを与えます。その心理効果を強調するために、今回は舞台に回転する装置を考案しました。回転木馬のようなものです。装置で心情的な緊張感や高まりを視覚化していきます。実際、特殊な舞台になるので、まだ本番通りの環境で稽古は始まっていません。3幕から稽古を始めて、装置が完成したところで1幕からの稽古になる予定です。
――主人公の道化師リゴレットについては、同情的な演出もあれば、客観的に突き放す演出もあるが、クリーゲンブルクはこの人物をどのように捉えているのだろうか?
私の意見では、リゴレットは同情に値する人物だと思います。彼の人生は単調ではなく、かなり矛盾したものを孕んでいます。社会の中で虐げられる立場にありながら、その状況を彼自身が非常にシニカルに見ている。矛盾した要素をもつ人物ですね。同時にこのオペラでは、家族愛というものも描かれています。リゴレットは伝統的な家族の美徳というものを守ろうとしている数少ない人物でもある。しかしジレンマも抱えています。誰も信じられず、自分の娘も信じられず、すべて人生から隠してしまおうとしているのですから。
――本作のヒロインであるリゴレットの娘、ジルダについてはどういう意見を持っているのだろう?
彼女は大変悲劇的な登場人物です。なぜなら自分の人生を生きることが出来ないからです。自分の人格を形成することを許されていない。3か月も家に閉じ込められて、外出を許されるのは教会に行く時だけ。その上、自分の出自さえも知ることが出来ない。にもかかわらず、ジルダは若い娘としていっぱい経験をしたいと思っています。彼女が初めて自分の意思で決定したことが、物語の末尾で起こることなのです。愛のために死を選ぶという選択です。その意味で言うと、ジルダは非常に強い女性だと思います。自分が父親から閉じ込められているという状況に対して、立ちあがって、自分の人格を形成しようとしているのですから。
――それぞれの登場人物の内面に深く入り込み、そこから時代を超越した真理を掘り起こそうとするクリーゲンブルクの方法は、とても演劇的だ。ことヴェルディに関しては、現代演出を嫌う「保守派」も多いが、そのことについても聞いてみた。
聴衆は美しいものを見たくてオペラにくるのですから、その意見も分かります。難しいのは、ヴェルディを愛する人たちの希望ばかりを追っていると、逆にヴェルディの真意から離れてしまうということなんです。ヴェルディは必ずしも美しい世界ばかりを表現したかったわけではない。生前、ヴェルディは大きな成功を得た時に、本当に聴衆は自分の世界を理解していたのか不安に感じていたといいます。ですから、演出家としてはふたつの道のバランスをとって、落とし所を見つけなければならないと思っています。どれだけ美を盛り込むのか、どけだけヴェルディが意図した内容をすくいとるのか。ヴェルディは明るい主人公を好まず、物語には必ず暴力的な要素があったり痛みや悲しみがあります。それを忘れてはいけないと思っています。
新国立劇場オペラ「リゴレット」舞台稽古より(提供:新国立劇場)
■アンドレアス・クリーゲンブルク Andreas Kriegenburg
ドイツ・マグデブルク生まれ。ドイツ演劇界の鬼才にして、オペラ界でも数々の秀作を生みだしている気鋭の演出家。ベルリン・フォルクスビューネ、ハノーファー州立劇場、ウィーン・ブルク劇場、ハンブルク・タリア劇場等を経て09年ベルリン・ドイツ座首席演出家に就任。オペラ演出作品には、10年「オテロ」、12 年「トスカ」などがあり、12年ミュンヘン・オペラ・フェスティバル「ニーベルングの指環」は大きな話題を呼んだ。新国立劇場ではバイエルン州立歌劇場共同制作「ヴォツェック」が09年に上演され、14年4月に再演予定。