――ソフィア国立歌劇場とは2008年の『仮面舞踏会』(ヴェルディ作曲)でも共演されていますね。共演されていかがでした? この劇場の特徴はどんなところにあるのでしょう?
彼らは本当にオペラが大好きで歌を愛する心、その情熱がとても強いと思います。イタリアの「血沸き肉躍る」というのと似てますが、もっと土に根差している感じです。今回はとても素晴らしい演奏をお届けできると思います。
――『仮面舞踏会』のときも彼らのホームであるブルガリアのソフィアで共演されましたね。向こうの新聞でも絶賛されました。
今までに四回くらい訪れています。友達もたくさんいますが、滞在中はほとんどホテルと劇場の往復です。体調管理も重要ですので、歌い終わるまでは観光もしません。歌い手は身体が楽器ですから…より不自由なんです。本番前はあまり喋らないようにするので、家族から「感じ悪い」と言われることもあります(笑)。
――…(笑)。ピアニストは手をかばいますが、歌手は全身が楽器ですからね。この劇場のオーケストラや合唱はいかがですか?
すごく野性的で情熱的。私たちとは違う魅力ですね。エネルギッシュでたくましい。私も日本人としては大きいほうですが、前回の相手役は身長が2m10cmある方でした。初めて稽古場に行って挨拶したとき、お顔が見えなくてずーっと上を見ていくと、スカイツリーみたいに高いところにお顔がりました(笑)。
――それは大きい!(笑)
オペラはある意味、格闘技です。そういう方と一緒に演奏するわけですから。マイクも使わずに。とにかく、血湧き肉躍らないといけない。
――その点で『トスカ』は最高のオペラですね。
オペラを初めて見るという方は、『トスカ』から見ていただきたい! 字幕もありますのでぜひ応援しに来てください(笑)。そんな大きい人たちの間で、かよわい私がたったひとりで…もしかしたら今回の相手役の方はそんなに大きくないかも知れないけど(笑)。どんな人とドラマを演じることになるのか…ましてや私は、ドラマの中で人を殺さなければならない。
――二幕でトスカが悪代官スカルピアを殺すシーンは、このオペラのハイライトですね。
あのスカルピアは、一幕の終わりに「テ・デウム」を歌います。 宗教的な大讃歌を背景に、とても悪魔的なモノローグを語る。その残忍なスカルピアを追い詰められたトスカは、恋人の命を救うために思わず刺し殺してしまう。プッチーニの天才技です!とにかく素晴らしい作品なのでソプラノに生まれたら、絶対歌いたい役でしょう。
――そんなにも歌い手を魅了するオペラなのですね。トスカという女性は感情移入しやすいですか?
オペラのヒロインは、いつも愛する人に命を捧げます。私もそう。家庭でもそうですけど…(笑) だからアリア「歌に生き、恋に生き」は、私の人生そのものだといいです(笑) このオペラは政治犯を匿うことから始まり、拷問が行われ、愛する人を助ける為に殺人まで犯し、最後は全てスカルピアの思惑にはまり、Castel Sant'Angelo(サンタンジェロ城)から身を投げて命を絶つ。主人公三人が全員死をもって終わる壮絶な作品です。それほど非日常で劇的な作品はなかなか日本人からはかけ離れたものだと思います。そういう点では、感情移入しにくいと言えるでしょう。しかし、音楽はそれを超えて、「情熱的でひたむきなトスカ」という女性にぐんぐん惹きつけられていく魔力を持っています。
――プッチーニはヒロインをいじめるのが好きとも言われてますが…
そのプッチーニが、『トスカ』は特別だと言っています。拷問があったり殺人があったり…そういった背徳の色が濃い、政治的な題材を扱うのは、彼も初めてだったのです。 ロマンティックな作品ばかり書いていましたから、そんなテーマを自分が扱えるのかどうか、かなり悩んでいたといいます。ヒロインをいじめるというよりは、自分自身に試練を与えていただのではないかと思います。非常に時間をかけて作曲したからこそ、それが、私たちの心を虜にするんですね。初演のときは、劇場に爆弾が仕掛けられるほどの大騒ぎになったのです。
――爆弾ですか! 『トスカ』は初演が大成功と言われてますが…
そういう緊張と恐怖の中で上演されて、結果は大絶賛されました。一幕が終わったあとのカーテンコールは拍手がなりやまぬほど聴衆から熱狂的に支持されたのです。とても羨ましいです。一つの新しいオペラの誕生に、ローマ中が大騒ぎになるなんて。
――知りませんでした。一幕でアンコールがあったんですね。
一幕のカヴァラドッシ役のテノールが、アリア「妙なる調和」を歌った後、拍手がなりやまず、もう一度、アンコールが歌われました。そして、プッチーニは既に第一幕のカーテンコールで大絶賛を浴びて、なかなか楽屋に戻れなかったそうです。このオペラはベリズモですから、爆発するようなエネルギーが必須です。“血沸き肉踊る”ような瞬間を感じていただけるよう頑張ります。