──「ニーベルングの指環」全体のテーマである「権力か愛か」についてお聞きします。歌う愛の伝道師ともいわれる稲垣さんは、このワーグナーが示した主題について、どんな感想をお持ちですか? 私たちに何を訴えようとしているのだと思いますか?
▼稲垣俊也(ドンナー役)
この世は比較・競争の社会。いかに他者より抜きん出て良い仕事ができるかによって人間の価値が計られます。一方、「愛」には比較・競争はありません。「私はAさんよりBさんより多くを愛しています」「私はあなたのことを30%愛しています」という表現は「愛」にはありえません。「愛」はそれが「愛」として存在するか否かであると思います。「愛」は時空を超えてすべての人々と繋がり、育みあい、赦しあうために存在します。
人は何者か、あるいは何らかの大義に捕らえられ、拘束される存在です。自分をこの世の主(あるじ)として比較・競争の社会に晒すのか、あるいは愛の授受をなす世界へと眼差しを向けるのか、究極の選択を迫られることになりましょう。ワーグナーも壮大なテーマに命を賭して臨んでいます。生きとし生けるすべての人を「愛」の世界へと導き誘うことがワーグナー音楽の変わることのない「示導動機(ライトモティーフ)」ではないでしょうか?
新法王ベネディクト16世が法王就任の際、こう仰っていました。「すべての偉大な音楽は私達の魂を神の愛の世界へと誘うものであるが、とりわけワーグナーとヴェルディがそう呼ぶに最も相応しい…」
──蔵野さんは、初演時に続いてのご出演です。この作品には、特別な思いがあるのではないかと考えますがいかがですか? また、“永遠の若さを保てる金のリンゴ"、私たちがこのリンゴを手にすることはできると思いますか? もしくは、私たちにとっての金のリンゴってなんだと思いますか?
▼蔵野蘭子(フライア役)
前回の出演は、ラインの乙女役だったので、今回はライン河から神々の世界へと移動しました(笑)。ラインの世界の様々なところへ渡り歩いているようで、出演シーンも色々なところに登場したり、出番でないところを脇から見たりできるのでとてもラッキーだと思っています。ちょうど、ローゲが色々なところを渡り歩いているのと同じようだとも思います。
この作品に再度出演できて痛感するのは、8年たっても色あせない魅力というものです。8年のブランクをおいて再演で集まった様子は、親戚一同が会して、お蔵の中から古いもの、お婆さんの着物を引っ張り出しては、思い出話にふけったり、その使われようについて話し合ったりしているようです。こんな再演の喜び、繰り返すことの大切さを体感できるプロダクションを、2度目にご観劇になるお客様もきっと同じような喜びを感じていただけるのではないかと思います。
フライアが育てる“永遠の若さを保てる金のリンゴ”ですが、これは「愛」とか「何かに夢中になること」が私たちにとっての金のリンゴなのではないかと思います。これによって、私たちも若々しく、生き生きとしていられるのではないでしょうか。フライアの登場シーンは、箱の中から出てくるのですが、出番まで一緒にいてくださる演出スタッフの方々とこれについて話してみたのですが、皆さんも同感だとおっしゃっていましたよ。
提供:新国立劇場
~公演情報~
新国立劇場オペラ 楽劇「ニーベルングの指環」
《ラインの黄金》
2009年3月7日(土)、10日(火)、13日(金)、15日(日)、18日(水)
《ワルキューレ》
2009年4月3日(金)、6日(月)、9日(木)、12日(日)、15日(水)
《ジークフリート》
2010年2月11日(木・祝)、14日(日)、17日(水)、20日(土)、23日(火)
《神々の黄昏》
2010年3月18日(木)、21日(日)、24日(水)、27日(土)、30日(火)
会場:新国立劇場 オペラパレス
■稲垣俊也(いながき としや) バスバリトン
東京芸術大学卒業。文化庁オペラ研修所第7期生修了。'92年文化庁2年派遣芸術家在外研修員。パルマ・ヴェルディ国際声楽コンクール優勝。新国立劇場オープニング公演で團伊玖磨「建 TAKERU」を主演。二期会創立50周年記念公演、宮元亜門演出「フィガロの結婚」フィガロ役で主演。「ドン・ジョヴァンニ」のドン・ジョヴァンニ役と「カルメン」のエスカミーリオ役は、新国立劇場や能演出による公演等であたり役としている。第3回グローバル東敦子賞、第22回ジローオペラ新人賞受賞。現在東京キリスト教学園講師。二期会会員。
■蔵野蘭子(くらの らんこ) ソプラノ
東京芸術大学大学院修了。ベルギー音楽アカデミー・ウックル声楽科を首席卒業。ヨーロッパを拠点に、国内外の歌劇の舞台で活躍し、特にワーグナー作品で高く評価されている。主な出演作にハノーファー万博共催「カルメン」ミカエラ、ベルギー王立歌劇場「エレクトラ」など。2008年11月には、日生劇場開場45周年記念公演・東京二期会オペラ劇場「マクロプロス家の事」で主演、不老不死の秘薬により300年以上も生きたミステリアスな美女・エミリア・マルティを熱演した。ドイツ在住。