「とても好きな作品ですけれど、実はまだコンサートで弾いたのは2回ほど。でも、きっと何回弾いたとしても違った表現ができるんだろうな、と思わせてくれる深い曲なんです。特に第1楽章の後半でピアノのカデンツァ(ソロ部分)後に弦楽器が加わってくるところや、第2楽章の後半でイングリッシュホルンがメロディを演奏するところなどは、ピアノと各楽器の音色が溶けあってとても美しいですね。自分も弾きながら、オーケストラから漂ってくる雰囲気を体の左側で感じていますし、ピアノがオーケストラの一部になって演奏しているような感触もあるんです」
──ソロや協奏曲だけではなく室内楽の演奏にも喜びを見出しており、パリでは室内楽の演奏にも長けているイタマール・ゴランやエリック・ル・サージュのレッスンを受けている。
「室内楽では共演する演奏家たちと音楽を通じて密な会話ができますし、全員が同じテンションを保って作り出す音楽は本当に素晴らしいんです」
──そうした音楽へのアプローチは、室内楽の拡大版とも言えるピアノ協奏曲というスタイルにおいても、生かされているに違いない。
「コンサートでは、ホールそれぞれの音響やその場に漂う空気、弾いているピアノからどういった音を引き出せるかなどで、自分の演奏も変化します。ですから、一度決めた演奏を同じように繰り返すということはありません。オーケストラとの自然な共存が理想なんです。ラヴェルにもし会えたら……ですか? お手本に弾いて欲しいですよ!」
──生活をするパリで好きな場所は?という問いに、街から離れたのどかな村にあるクロード・モネの家をあげてくれた。
「ソファーに座って、ドビュッシーが好きだったという睡蓮の絵を観ているのが好きなんです。こういう時間が、きっと無意識のうちに自分の音楽にも影響を与えてくれるでしょう。今回のラヴェルの協奏曲も、私の演奏を聴いていただいたお客様に「やっぱり素敵な曲ですね」と作品の素晴らしさをお伝えすることができれば、とても幸せです。」
取材・文:オヤマダ アツシ 撮影:山口亮治