世界中の紛争地帯を取材し、そこに生きる人々の姿を撮り続ける一方、さまざまなメディアで活躍するジャーナリスト・渡部陽一。平面的な絵画でもなく立体でもない、奥行き17cmの中に、紙だけを重ね合わせ1m四方のペーパークラフトを創り出すアーティスト・太田隆司。「瞬間を切り取り、情景を伝える」二人の表現者がジョイントし、2011年3月12日(土)~4月3日(日)、東京・森アーツセンターギャラリーで開催される展覧会「絆の情景」の開幕を前に、それぞれががこれまで歩んきた道、作品を通じて伝えようとするメッセージ、今後の活動などを伺った。
- 〔前編〕
戦場カメラマン・渡部陽一
--まず初めに、戦場カメラマンとなられたきっかけから教えてください。
「20歳のとき、今も狩猟生活を続ける人々に会って、話がしてみたいと思って、アフリカのジャングルに行ったんです。でも、そこでは戦争が行われていました。ルワンダ紛争です。兵士のなかには、まだ中学生ぐらいの子どもも大勢いて、銃を持って殺し合いをさせられている。そんな悲しい状況、泣いている子どもたちの声を世界中に伝えることができる職業は何かと考えたとき、カメラマンになることだと決意しました」
--作品を通じて、伝えたいことは?
「18年間、戦場で写真を撮り続けてきましたが、常にテーマの一つとしてきたのが、“戦場の笑顔”、それも“子どもたちの笑顔”です。子どもたちが一つ屋根の下で家族と一緒に暮らし、笑っている。戦場でも学校に通い、勉強しながら笑っている。
例えば、アフガニスタンでも子どもたちは悲しんでいるだけじゃない。不安ながらも、喜怒哀楽を示し、やさしい笑顔を見せてくれました。
イラクでは、お母さんが幼稚園ぐらいの女の子を抱っこしている写真を撮影しました。お母さんは子どもを笑顔にしようと一生懸命に話しかけていましたが、女の子は髪が抜け落ちて、死にかけているんです。母娘はお互いの体温を感じながら抱き合っていましたが、やがて女の子は亡くなり、母親は泣き出しました。そんな生と死の狭間のような状況でも、希望が見える笑顔がある。悲しい現実でも、私たちと同じような笑顔もあるんだということを知ってもらいたいと思います」
--戦場を渡り歩いてきた渡部さんご自身が、大切にされていることは?
「“塩を舐め、もやしを食らう”。この言葉が私の人生の指針です。戦場カメラマンとなってからも、駆け出しの頃はいくら紛争地帯に足を運び撮影しても、全く形になりませんでした。でも、どんなに貧しくても耐え忍んで、コツコツやってきたからこそ、今のようにみなさんから声をかけていただけるようになったと思っています」
--今回、ペーパークラフトの魔術師・太田隆司さんとコラボレートされて展覧会を開催されますが、太田さんの創作活動をどのようにお考えになっていますか?
「お世話になっている方から太田さんのお名前をよく耳にしていたので、作品についてはかなり以前から知っていました。面と向かって話をしたり、作品をナマで拝見するということはありませんでしたが。私が思っていたのは、紙で表現するということに限界はあるのか、ないのかということでしたが、太田さんの作品には限界はありませんでした」
--実際に、太田さんの作品を見られていかがでしたか?
「太田さんのペーパークラフトを見せていただいたとき、カメラマンとして最も強く感じたのは曲線。顔のしわや表情、ヒジやヒザの関節、もうこれは紙ではないとさえ思いました。いびつさがなく、なだらかで、実にやさしいカーブの連続。作品からは音が聞こえ、情景がイキイキと動いているようです」
--被写体として、太田さんはいかがですか?
「目が大きく、彫りが深く、眉毛がきりっとしていて、中東の男性のようなコスモポリタンな雰囲気ですが、何よりも目がやさしい。写真栄えがします」
--今後の活動について、挑戦してみたいことなどありましたら?
「戦場カメラマンというのは厳しい仕事ですが、やめたいと思ったことは一度もありませんので、ずっと続けていくと思います。ただ、試してみたい、やってみたいと思っているのは“学校カメラマン”になることです。紛争地帯でこれまでも学校の写真を撮ってきましたが、戦渦に巻き込まれた子どもたちにとって、一番の喜び、楽しいことは学校に行くことです。そんな学校での子どもたちの表情を撮影したいと思います。世界でも、日本でも。この世から戦争というものがなくなったら学校カメラマンになりたいというのが理想です」
--最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。
「私が戦場で撮影してきた子どもたちの笑顔、そして紙の魔術師が魅せる心温まる作品の数々、ぜひ展覧会『絆の情景』へお越しください」
渡部陽一
わたなべよういち。1972年、静岡県富士市生まれ。明治学院大学法学部法律学科卒業。在学中から戦場を取材。18年間、毎年1年の半分ほどは海外で活動を続け、ルワンダ紛争、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、イラク戦争など130の国と地域の紛争を取材。従軍記者としても紛争地域に赴き、雑誌、テレビ番組などへ作品を配信しているほか、ラジオ番組でも現地から直接リポートをしている。最近は、低い声でゆっくり話す口調と、シリアスな話題でも聞く側を重苦しくさせない語り口が人気を呼び、さまざまなメディアで活躍中。
〔後編〕
紙の魔術師・太田隆司
--日大芸術学部デザイン科出身ですが、デザイン、イラストの分野に進まれたきっかけは?
「とにかく、子どもの頃から絵ばかり描いてました。ヒーローものの模写とか得意でしたよ。“うまい!”なんておだてられるとますますその気になって。ですから、きっかけも何もなく、自然とそちらの方向に」
--ペーパークラフトの制作に専念するようになったのは?
「リアルな写実だけではダメだ。世の中に受け入れられるものでないと思うようになり、それを紙で膨らませていったというわけです」
--太田さんの作品には人だけでなく、必ずクルマと犬が登場しますが。
「スーパーカーブームの時代に育ったので、もともとクルマが大好きなんです。クルマはその時代の文化を伝える大切なポイントになっています。毎月1作品ずつつくり、自動車専門誌の『CAR GRAPHIC』でもう17年連載しており、最初の1作目と2作目に偶然、犬を出したんですが、それがずっと続いています。特に犬好きというわけではないんですが、その分冷静に表現できているかなと」
--太田さんならではのペーパークラフトのつくり方を教えてください。
「途中で方向転換できないですし、迷ったりしないように、計算し尽して、きっちり線画を描き、確実に段取りをします。着色は一切しません。全て紙のもともとの色だけで表現しているんですが、一番の特長は紙の質感にこだわること。例えば、同じ洋服でもジャケット、ニット、ジーンズ、全て違う質感の紙を使っていますし。建物なら、ブロックや木材は当然違う紙を使ってリアリティを追求し、空気感を大切にしています」
--相当な紙の種類をお使いになられているんですね。
「そりゃもう、考えるのもいやになるぐらいですね」
--なつかしくなるような心象風景を描かれますが。
「“なつかしさ”という点には固執していません。ただ、紙って、“昭和”の雰囲気と相性がいいんですよね。ノスタルジーとかとマッチします。よく、もっと年齢が上の人がつくっているのかと思ったと言われますが…。もともと昭和の情景に関心はあるんですが、無理して資料を集めているわけではなく、テレビドラマとかで見て、なんとなく知っているような。そんな情景が自然と出てくる」
--どんなとき、どんな場所でアイディアが浮かんでくるんですか?
「車を運転しているときですね。音楽をかかけながら。アイディアが浮かんだら、現場には必ず足を運びます。テーマは考えるまでもなく、湧き上がってきますね。この場所だったら、どんなドラマが生まれるのか。逆に、こんなドラマにはどんな場所が似合うかという展開のときも。僕の作品はドラマありき。ドラマ性にはこだわっています」
--今回、ご一緒される渡部陽一さんは、「太田さんのやさしい曲線に惹かれました」とおっしゃってましたが。
「さすが、着眼点がスゴイですね。僕の作品の魅力について、今までいろんな方から評価されてきましたが、ズバリ“曲線”と言われたのは初めてです」
--渡部さんと知り合われたのは?
「昨年の6月ぐらいからですか、渡部さんがいろいろな番組に出演されるようになったのを見て。ジャーナリストとアーティストという違いはあっても、同じ伝える側の人間として、どういう方なんだろうと。僕の方から、熱い気持ちを持ってコンタクトしたんです。いっしょにお食事がきたときには、いとしの人にやっと会えたような気持ちでした」
--太田さんから見た、渡部さんの魅力を教えてください。
「写真もさることながら、渡部さんご自身がメッセージそのもの。僕も自分の作品にはメッセージ性があると自負していますが、自分自身にあるかと言えばとてもかなわない。そこがテレビを通して目に止まり、ホレ込んだところです」
--今回、太田さんが渡部さんの戦場での撮影風景をペーパークラフトで表現した作品も展示されるそうですが。
「渡部さんの写真の枠の外の雰囲気、渡部さんのいる情景を描いてみたいと思います。僕の目線で立体化して」
--今後の活動については?
「これまではペーパークラフトという立体をグラフィック、印刷という形で見ていただくことが多かったんですけど、これからは映像にも広げていきたいと思います。ムービーというか、音楽も加えた世界へ」
--展覧会へいらっしゃる方々に、どんな風に見ていただきたいですか?
「アクリルケースに顔をつけて、作品の中に入っていくように見ていただきたいですね。背の高い男性も上から見下ろすだけではなく、女性や子どもの目の高さで覗き込んで、情景の中に入っていって欲しいと思います。こんなところにこんなにこだわっているのかと、見るたびにきっと違う発見があるはずです」
太田隆司
おおたたかし。1964年、東京都清瀬市生まれ。日本大学芸術学部デザイン科卒業。在学中からイラストを描き、卒業後ペーパーアート作品の制作に専念。1995年より、自動車専門誌『CAR GRAPHIC』で「PAPER MUSEUM」を連載。テレビ東京系「TVチャンピオン」ペーパークラフト選手権優勝ほか、受賞歴多数。六本木AXISギャラリー、東京電力柏崎刈場原子力発電所「暮らしの立体ギャラリー」、横浜・八景島シーパラダイス、名古屋・トヨタ博物館、三重県四日市市立美術館などで個展を開催。
文:宮崎俊哉(クルー)