――初の全国ツアーのタイトルにした“本音”は、どんな思いを込めた言葉なんですか?
「一番はやっぱり、今の自分の一番の“本音”である“歌”を聴いて欲しかったっていうのもありますし。あと、人間って、生活しているうえで、本音と建前がまとわりつくみたいなことってあると思うんですけど……。今回のライブに建前は一切なくて、自分が今できることを一生懸命やって、自分が今伝えられること、伝えられる音でみんなに音楽を届けて、聴いてくださる皆さんにも“本音”でぶつかってきて欲しい。そういう、嘘偽りのない空間を作りたいっていうことで、“本音”というタイトルをつけました。僕は、毎回ほとんど、自分の経験談をモチーフにして曲を書いているので“本音”っていうタイトルをつけたこのライブは、今後も“本音”というタイトルで続けていきたいと思ってます。何年経っても変わらない、僕の声とピアノだけの弾き語りっていうスタイルを貫いて行きたいと思ってます。」
――指田さん自身の“本音”が、ライブを含めた作品には綴られているということですね。6月にリリースされた「花になれ」も、今の指田さんの“本音”を描いた曲っていう?
「はい。今回は、ドラマ(NHK BS時代劇『陽だまりの樹』)の原作になった手塚治虫さんの作品をまず読ませていただいて、そこから自分が感じ取った事がベースになっています。若者が生きていく葛藤というのは、いつの時代も変わらないなっていうことだったり。あと、自分が音楽を始めた経緯っていうのが、音楽に救われたようなところもあったんです。中学生のころに、心の病気をわずらっていたことがあったんですよ。そのときに、山下達郎さんの「蒼氓」(そうぼう)という曲を聴いて、“音楽って、なんて力があるんだろう”って初めて感じて音楽の魅力にとりつかれて、ミュージシャンを目指したっていう経緯があるので。そのときに自分が感じた、音楽が伝える“生きていく力”みたいなものを、自分の経験を通して「花になれ」っていう曲で伝えられたらなと思って、その思いをまず手紙にしました。曲に合わせて手紙を書いて、その手紙をちょっとずつ崩していって、最終的にひとつに合わせたものを歌いました。」
――手紙のように、自分の思いを誰かに宛てて書いたっていう?
「はい。だから、この歌詞の一番初めの部分には、“あなたは今笑えていますか?”っていう投げかけの一文が出てきたりして。それを宛てた相手は、過去の自分だったり、現代を生きているみんな、この曲を聴いてくれるみんなを対象にして、“生きてゆけ”っていうワンフレーズをまず伝えたいなと思って。すごく強い言葉じゃないですか、この“生きてゆけ”って。強い言葉だからこそ、サビに持ってくることにもすごく気合いが要るというか……。例えば、去年震災があったりしたこの時代に“生きてゆけ”っていう言葉を発信していいのかっていう思いもあったんですけど、過去に自分が心の病気で悩んでいたときに一番欲しかったのが、“生きてゆけ”みたいな言葉だったんじゃないかなと思って。サビの一番頭に、こういう強いフレーズを持ってきました。」
――たしかに、“生きる”っていうことが色々な意味で問われている時代だと思います。だからこそ、そういう言葉を放つことには、覚悟や勇気が必要かもしれないですね。
「そうですね。こういうふうに、“生きてゆけ”ってガツッと言われる曲は今の時代にあまりないかなと思ったんです。その中で1曲ぐらいこういう曲があってもいいんじゃないかなと。「花になれ」を作って気づいたのは、手紙を書くっていう行為は、自分の心が全部出るというか・・・。聴いてくれる人達に対してもそうですし、過去の自分に対してもそうですし、自分の中にある暗い部分、深い部分、他人にはなかなか出さない部分も、ある意味“本音”が表れる行為だなと思ったんで、手紙にしてから歌詞を書くっていう方法は今後も続けていくと思います」
――サウンド面では、今回の「花になれ」も含めて、音源では指田さんの歌とピアノにバンドサウンドなどを加えて多彩なアレンジにチャレンジしていますね。
「プロデューサーと相談していつもアレンジは固めていくんですけど、「花になれ」で例えて言えば、今回は言葉の邪魔にならないアレンジにしたいねって話はしていて。曲自体がこれだけシンプルで、乗っている言葉もシンプルなので、それを邪魔しないためにも今回はピアノとストリングスだけでも良いなと思ったぐらいなんですよ。そこへ壮大さを持たせるために今回はベースとドラムも入れたんです。ピアノとストリングスのバージョンも初回限定盤の中には入っているのでそれもぜひ楽しんでもらいたいです。サウンド・アレンジに関しては、シンプルっていうポイントにはいつも気をつけてます」
――そのサウンド面に関しては、他の媒体のインタビューでも話されていましたが、指田さんの音楽的なルーツとしてはAORが大きいようですね。世代的にはリアルタイムでその辺の音楽は通られていないはずなので、面白いルーツだなと思ったんです。
「さっきお話しした山下達郎さんを好きになってから、山下達郎さんのまわりの音楽を見つけて探してたらそのへんの音楽にたどり着きました。一番最初にAORと呼ばれる曲に出会ったのが、デヴィッド・フォスターだったんです。デヴィッド・フォスターが作った「アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン」(アース・ウィンド・アンド・ファイヤーの1970年作品)っていう曲に出会って、その頃はコード進行とかまだよく分からなかったんですけど、ピアノの音もみずみずしいし、曲全体を通してもすごくドラマチックだし単純にカッコいいなと思って、デヴィッド・フォスターっていうのはどういう人だろうなと思って探っていきました。それをきっかけに、AORと呼ばれる人達の音楽を聴いていったらどんどんハマっていって……。そのAOR要素っていうのが、ちょっとずつ自分の音楽にも足していけたらとは思っています。でも、AORって言っても、若い人達はたぶん分からないかもしれませんね(笑)」
――(笑)指田さんご自身も、まだ十分若者じゃないですか。アダルト・オリエンテッド・ロックの略ですね。
「はい。そういう音楽を知らない人がまわりに多いから、友達とドライブするときのBGMとかにもいつも困ってて。同じ世代の友達に、“誰だよこれ!?”って言われたり(笑)。でも、“あっ、聴いたことある!”っていう名曲がその辺のジャンルにはすごく多いので、みんなが知ってる曲も多いんですよね。例えばボビー・コールドウェルだと、“あっ、これホテルのレストランで聴いた!”とか(笑)最近のJ-POPにそういうAORテイストを入れている人はあまりいないと思うので、自分が大好きな“歌もの”の中にAORのスパイスを入れたら、ちょっと面白いJ-POPができるんじゃないかなと思ってるんですけどね。今、次の作品に向けて曲作りをしているんですけど……。その中には、今まで自分が作ってきた曲っぽいものももちろんあるんですけど、例えばいきなりファンクだったり、そこにちょっとAORっぽいエッセンスを入れていたり、自分が影響を受けてきた色々なものをまたもう一回取り入れて、それを今の自分が表現するっていう作戦とかも今回は挑戦しています。そういう曲もツアーでは楽しんでもらえると思いますんで、ぜひ期待して下さい」
――みずみずしくてドラマチックな、指田さん流のJ-POPを楽しみにしていますね。ライブといえば、デビュー前に出演した日本武道館はものすごく緊張したんじゃないですか?
「緊張しましたね! 緊張したんですけど、でも...当時もずっとライブハウスをまわっていたので、武道館の前の日に、僕、普通にライブを入れてたんですよ。武道館の前日にライブをやってたのがたぶん良かったんだと思います。ライブのときはいつも、“自分の空気”を作ってから始めるんですね。いつも曲の頭でフェイクをするんですけど、そのフェイクで自分の空間作りをするんです。そこで歌うフレーズは、事前に何も決まってないんですよ。ピアノの前に座って、最初に鳴らしたピアノの音でフェイクが決まるので、武道館のときもそれと何ら変わらないようにやろうと思ったんです」
――もちろん良い意味なんですが、武道館はもう本当に、特別なことは何も無いステージでしたよね。それこそ弾き語りツアーと同じ、ピアノの弾き語りのみで見事に魅せて。
「ありがとうございます。何か特別なことをとか色々考えてはいたんですけど、オーディションに受かったのも“素の自分”が出せたからじゃないかなと思ったので、そういう思いは一切やめたら1曲目の入りからリラックスしてやれました。武道館のときは、椅子に座って、お客さんがバーッと見えて、そのときに自分が目をつぶって感じたのがあの音で。気持ちが曲に入ったら歌いだすっていうのが自分のスタイルなので、それを武道館でもやったらいつもと変わらないステージができました。なので、次のツアーでも、“空気”が決まらなかったらずーっとフェイクをやってると思います(笑)。フェイクがなかなか終わらなかったら、『あっ、まだ“空気”に入れてないんだ』って思って下さい(笑)」
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