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チケットぴあインタビュー

渡辺真知子

渡辺真知子
1977年、21歳のとき、『迷い道』でデビューした渡辺真知子。一躍ニューミュージックの旗手として注目を集めた。世代を超えて知られる彼女最大のヒット曲『かもめが翔んだ日』は今やジャパニーズスタンダード。そして、デビューから30余年。おおらかなキャラクターと伸びやかなボーカルはあの頃のまま健在。人生のさまざま紆余曲折を経た今がもっとも渡辺真知子らしい渡辺真知子なのかもしれない。

――今年4月、事務所を独立し、「Kamome Music」を設立されたそうですが、それ以前と心境の変化はありますか。


「独立してみると、自由ですけど、同じ量だけ責任も抱えなきゃいけないので大変ですけどね。ただ真正面から手応えがあります。一言で言うなら、おもしれぇ~。そんな毎日です。この頃は、ミュージシャンやスタッフのみんなと、ああでもない、こうでもないと言いながら、1つのステージを作ることがすごく楽しいですね。それはアマチュアの頃の、音楽を始めた頃の、楽しさなんですよ」


――渡辺さんほどのキャリアがあっても、今日のコンサートは納得できた、今日は納得できないと、終演後に一喜一憂するものですか。


「ライブ中に、たとえば自分が歌詞を間違えたり、誰かが演奏を間違えたりするとしますよね。でも、ステージの上は、いわば修羅場ですから。そこでひっかかると、次も、また次もとドミノ倒しみたいにミスが重なって、ボロボロになってしまうものです。だから、たとえ間違えたとしてもチマチマ考えない。スパッと斬る。ミスを悔やむより、ミスを帳消しにして、おつりがくるくらいのライブをやらなきゃと、自分に拍車をかけます。それはライブのみならず人生にも言えることじゃないですか。何かアクシデントが起きたとき、それでメゲてしまうか、それを踏み台にするか。私だって1度はドンと落ち込みますよ。ただ、私の場合、3時間から半日。午前中、鉛玉を抱えてる気分でも、夕方にはすっかり回復してます」


――アーティスト渡辺真知子の根源は、その素晴らしい声だと思いますが、ご自分でご自分の声をどう捉えていますか。


「子供の頃、素晴らしく可愛らしかった子でも、中学生や高校生になると、そうでもないなってことあるじゃないですか。その逆もあるし。学生時代まったく目立たなかった子が30歳になって再会したらまぶしいくらい綺麗になっていたり。そういう顔と声って似ています。中学生の頃、電話に出たら、母と間違われたんです。ということは、おそろしく老けた声だったんですよ。でも、自分の人生が半世紀を越えた頃、両親を立て続けに亡くし、事務所を独立し、本当の意味で自立し、自由になり、自分らしい自分になり、今やっと自分の声に似合う自分になれたんじゃないのかな。やっと自分の声に自分が追いついた。もう10年以上、<完璧に勝る未完成>という言葉が私の中にあります。どこかでミスもするけど、ミスしないから素晴らしいとは限らない。それよりも胸に残る、心に伝わるコンサートをしたいと思っています。そのためにはこの声が何より心強い味方です」


――『迷い道』『かもめが翔んだ日』『唇よ、熱く君を語れ』など、多くのヒット曲がありますが、時代と共に歌い方も変わるものですか。


「本家のオケを聴くと、無意識のうちにオリジナルに忠実な歌になりますね。たとえば『かもめが翔んだ日』の場合、スペイン語で歌ってみたり、3拍子で歌ってみたりもしましたけど、一回りして元の鞘に収まったってかんじです。ヒット曲に限らず、デビュー20周年を越えたあたり、年齢で言うと40歳を越えた頃からは、我みたいなものはすべて出尽くしたので、もう自分のためだけに歌うなんてことはありません。自分のためにはできないことも、誰かのためならできるってあるじゃないですか。歌でもそういうことがありますね。落ち込んでいる人がいるなら、もっとやさしく、もっと包み込むように歌うとか。年齢を重ねるに連れ、そのとき見せてくれる笑顔が自分の喜びに、少しずつなってきました」


取材・文:藤井 徹貫