英国の国民的作家、P.G.ウッドハウスが発表した〈ジーヴス・シリーズ>は、好男子だがお気楽な青年貴族バーティ・ウースターと、冷静かつ忠実な天才執事ジーヴスのコンビが繰り広げる、今も人気のコメディ小説だ。1975年にはミュージカル化もされ、1996年にはリバイバル上演もされた本作の日本版が、いよいよ初お目見えする。バーティ役のウエンツ瑛士とジーヴス役の里見浩太朗は、なんと両者ともミュージカル初挑戦。稽古に入ったばかりでやや緊張気味の2人に、本作に賭ける想いを聞いた。
ウエンツ瑛士
——お2人が歌手活動をしてらっしゃるのは有名ですが、ミュージカル出演はこれが初めてなんですね。
里見 昔、美空ひばりさんと一緒に映画に出させていただいた頃は、竜宮城の中でお姫様と王子様が歌う映画などがありましたけれど、海外のミュージカルというのは全くの初めてですね。それこそウエンツくんがまだ生まれていない頃…たとえば『オズの魔法使い』や『雨に唄えば』、『足ながおじさん』に『巴里のアメリカ人』など素晴らしいミュージカル映画がたくさんあって、ジーン・ケリーやフレッド・アステアに皆が憧れていたものです。最近BSなどで放送しているのを改めて見ても、まったく古びていないしカッコいいですよね。ミュージカルは歌と笑いの要素が重要ですが、この『天才執事ジーヴス』にもそこはちゃんとあると思いますね。
ウエンツ 僕がユニットでやっていることは、“自分たちが歌いたくて”歌っている歌ですよね。でもミュージカルというのは、役どころに応じて楽曲を言葉と共に歌うわけで。前後の芝居があってこそ素敵に輝く歌だと思うので、早く役に入り込んで歌ってみたい気持ちで一杯です。
里見 役をつかめばつかむほど、歌いやすくなるものかもしれないよね。
——実際に稽古に入られた感触はいかがですか?
里見 今のところ、まだまだ難しいです(笑)。ウエンツくんとの丁々発止の掛け合いもあるので、やっぱり役に入り込んで、そこまでいけたら楽しいだろうなぁと。
ウエンツ そういうところも、セリフの延長線上にある“歌”なんだなと感じますね。そう意識させてくれるメロディ(作曲はアンドリュー・ロイド=ウェバー)なので、練習をひたすら頑張ればセリフのように滑らかに伝えられる!と、先のほうにわずかに光が見えるのが救いかなと(笑)。
——海外版ミュージカルのDVDなどをご覧になった感想は?
里見 とても英国らしい、上質なコメディと感じました。ただ海外版は小さな劇場で、観客も同じ室内にバーティが招いた観客として椅子に座っているような構成でしたので、今回は日生劇場ですけれど、私たちのいる舞台上にお客様の気持ちがどれだけ入ってこれるかが重要かなと思います。
ウエンツ 最初海外版を観た時に、英国のお国柄ならではの面白さをすごく感じたので、それをどうやって伝えようかとまず考えました。英国の笑いをそのまま出すのか、それを日本人にもわかるようにして伝えるのか…。ただ僕自身、台本を読んでいて、すでに面白いんですよね。だからキチンと正確にやった上で、演出家の田尾下哲さんとこれから稽古でやりとりしていくなかで考えていけばいいのかなって。
——バラエティ番組で活躍中のウエンツさんならコメディは得意なのではと、勝手に思ってしまいますが。
ウエンツ この舞台は直接的な笑いよりも、間接的な笑いが多いんですよ。それをいかにさりげなくクスッとさせることを重ねていけるかということだと思うんです。多分、ひとつでもそれが崩れてしまったら、一番大きなポイントが不発に終わってしまう気がします。このキャストなら大丈夫と安心しているんですけどね。
里見 知的な笑いというのかな。貴族とその周辺の人々の話だから、ハイクラスな冗談という印象。それをいかに日本のお客様に見せるかというのは、考えなくちゃいけないかもしれないですね。
里見浩太朗
——制作発表ではお2人とも、演じる役とは似ていないとおっしゃっていましたが…。
里見 ジーヴスのように積極的に誰かに尽くすというのはないですが…(笑)。ただ、執事というのは“誠実な人間である”というのがまずあって、だからご主人様に忠実に仕えるという仕事が成り立つんですよね。裏切りがあったら即クビなわけですし。その根っこの部分は私たちも同じで、周りの人に感謝して、女房に感謝して(笑)、そういう気持ちをジーヴスの中に感じていれば間違いないという気はしていますね。
ウエンツ 僕はまず、普段はバーティのように尽くされ慣れていないので。周りの人にも厳しく躾けられていますし、甘やかしてくれませんし。
里見 ハハハッ。
ウエンツ でもバーティの友人思いのところは似ているかな?と思います。バーティは友人思いが過ぎて、親友の好きな女性から勘違いで惚れられたりするんですけども…。
——ジーヴスが天才執事なら、バーティは好男子ですよね。
里見 そうですよ。バーティが一生懸命動くから、物語も動いていく。
ウエンツ いやぁ…好男子の部分は自分ではわからないですが(笑)、友人のことを大切にしたいとは常に考えています。こないだも同級生の結婚式に出たんですが、この公演のチラシを100枚くらい持っていったんです。そうしたらすぐになくなっちゃって、皆に『見に行くよ』って言われて。こういう友人たちに僕は支えられているんだなって改めて思いました。それでまた成長した僕を見てもらえたら、その気持ちに応えることが出来るのかなって。
里見 友達っていいよね。僕も地元の静岡の友人たちに公演のことを報告したら、皆でバス1台分を仕立てて見に来てくれるって。嬉しくってね。また、それが舞台に出演する楽しさでもあって。お客様が今日はやけに年齢層が高い客席だなと感じたら、それは僕の友人たちなので温かく見守ってください(笑)。
——ウエンツさんはこの作品で演劇作品は3作目、里見さんは多くの舞台出演がおありですが、特に昨年の『真田十勇士』で比較的若い役者たちのカンパニーに参加されたのが印象的です。お2人は、舞台に出演することの醍醐味は、どのように感じてらっしゃいますか?
ウエンツ 舞台はとにかく緊張しますね、それも毎日ですから! でもお客さんに見に来ていただいて、楽しんでもらえている姿を見ると、やって良かったと思うし、こちらも力が湧くんです。その場で色んなことを得て、その場で色んなことを吐き出す、というナマの(舞台ならではの)作業というのも貴重に感じますね。こないだミュージカルをやられている俳優さんに『今度ミュージカルに出るんです』と言って話を聞いたら、『歌い終わった瞬間に、拍手でもう客席の反応はわかるものだよ』と教えていただいて。うわぁ、怖いなと思いましたけど、それがミュージカルというものだし、とにかくこの作品を皆で作り上げることに意識を傾けたいです。
里見 僕は映画で色んなことを覚えて、テレビで発散して、それをまた舞台に集約して、という風に今まで20年くらいやってきたんですけど、なにより舞台は、緞帳が降りる瞬間の拍手ほど嬉しいことはないですね。よく“役者冥利に尽きる”と言いますが、あの、お客様が喜んでいらっしゃることが伝わってくる拍手こそ、舞台でしか味わえないものだと思います。
——では改めて、意気込みをお聞かせください。
里見 私は今77歳で、稽古はいろいろやることがあって大変ですが(笑)、このオファーをいただいた喜びのほうが大きいんですよ。もちろんミュージカル俳優としては1年生ですけれど、今まで生きてきたこと、また俳優生活56年で得た何かを、この機会に生かせたらと思っています。
ウエンツ 里見さんが“1年生”っておっしゃるなんて、本当にすごい方だなと思いますし、他のキャストの方も素晴らしい方ばかりなので、座長として気を引き締めて最後までやり遂げたいです。初日まであと1ヶ月…実は稽古に集中しようと思って、ネットもテレビも解約しました。
里見 本当に!?
ウエンツ はい(笑)。今は家でも海外版のDVDを見たり楽曲を流したりして、ずっとお稽古漬けです。それくらいの気持ちでないとやっていけないと思うので。このままぜひ本番まで乗り切りたいです!
取材・文:佐藤さくら
撮影:源 賀津己
エンタメ初体験を教えてください。
僕はね、小学校4年で疎開をしている時に見た村芝居。『森の石松』だったんだけど、ゾクゾクっとしましてね。チャンバラシーンに、なんて面白いものなんだ!と。まだ役者になろうなんて思っちゃいなかったけれど、終戦後すぐに見た鮮やかな記憶ですね。
小さい頃の夢は何でしたか?
僕らの小学校時代って大体が軍人なんですよ。陸軍と海軍のどちらに入ったらいいかとか。戦争が終わって高校生になったら、もう歌手になりたかったですね。
明日世界が終わるとしたら、何をしますか?
僕は好きな曲を思いっきり歌っていたいですね。お気に入りの曲ばかりを。
これから挑戦してみたいことは?
これまで『どんな役をしてみたいですか』という質問をたくさんいただいてきたんですが、必ず答えるのは『それは自分で決めることじゃないんです』ということ。いただいた役を一生懸命やること、俳優というのはそれしかないんですね。『忠臣蔵』の大石内蔵助など具体的にいくつかやりたい役はありますが、それはまた別の話ですね。
エンタメ初体験を教えてください。
僕は幼少期から事務所に入っていて、お芝居のオーディションも、訳もわからず受けるんですよ。でも小学校1年生の時かな、僕は棒読みだったんですけど、隣の人がセリフを言った瞬間にガラッとその役柄の人物に見えたんですよね。演じるとはこういうことかと、初めて理解して。それが僕のエンタメ初体験かも。
小さい頃の夢は何でしたか?
競馬の騎手です。牧場が好きだったので。小学校の卒業文集にも書きました。
明日世界が終わるとしたら、何をしますか?
今稽古のためにストイックな生活をしているので…すみません、台本は置いておいて、好きなことをして過ごしたい!
これから挑戦してみたいことは?
芝居ということに限らなければ、“一人しゃべり”のライブをいつかやってみたいです。笑福亭鶴瓶さんの一人ライブを見て、あの笑いと、狂気すら感じる気迫に引き込まれてしまって。鶴瓶さんからも『やったれ』というメールをいただいたんですけれど、今の僕はまだまだ実力不足だなと。でもこれから人生経験を積んで、仕事でも色んな実力をつけたうえで、いつかは出来たらいいなって思っています。
チケットぴあのインタビュー「Special Interview 一語一会 里見浩太朗×ウエンツ瑛士」のページです。