『一月場所』で二度目の綱取りに挑戦する稀勢の里。11年間日本人横綱不在のなか、27歳の大関にかかる期待は、過度な重圧になっているかと思われた。だが、鳴戸部屋で黙々と稽古に励む稀勢の里には、気負いも気後れもない。ただ目の前の稽古に没頭する姿があった。
──2014年の『一月場所』では、二度目の綱取りとの期待が高まっています。ご自身の心境はいかがでしょうか?
そういうことも言われますけれど、12月のいまの時点ではいつもどおりですね。いざ本場所が始まったら、どうしたって気持ちが昂ってくると思いますから、いまのところはマイペースで、やるべきことをしっかりやっていこうという気持ちです。
──稽古のペースも、変わることはなく?
ああ、それはもうまったくいつもどおりです。いまさら何か違うことをやっても、しょうがないですからね。
──周囲の期待は重圧になりますか?
う~ん……まあでも、相撲をやっている以上はたくさんの方に応援してもらえるところでやったほうが、自分の力になります。たくさん応援してもらえるのは嬉しいことです。
──「初の綱取り」となった『七月場所』は、11勝4敗に終わりました。あの経験をどのように生かしますか?
失敗は生かさないといけないですからね。いま振り返ると、いつもの自分ではなかった。何かこう、「これまでの場所とは違うな」と感じていました。そのなかで11番勝てたことも、自信になりました。決して悪い場所ではなかったと思う。体調もそこまで良かったわけではないですし、うまく調整ができなかったところもありましたし。
──右足首に痛みを抱えていたと報道されていました。
そういう怪我があるなかでも、自分なりに色々と考えながら土俵に立ちました。『一月場所』に生かしていきたいことはたくさんあります。
──スポーツの世界では「心技体」が大切と言われますが、三つが高いレベルで重なり合わないと目標を達成するのは難しい?
そのとおりだと思います。「心技体」のなかで「心」が最初にくるわけですが、僕のなかでも一番重要な要素です。比率としては「心技体」のなかで「心」が半分以上占めるじゃないでしょうか。「心」で「技」を補えるところがあるし、「体」を補えるところもあります。
──精神の安定感は大切ですね。
精神が充実していないと、強い体もできないし、いい技も出せない。精神的に乱れがなければある程度のところまでいけると思うんですが(苦笑)。まだまだ自分も、追求している段階です。難しい。本当にまだまだだと思います。
──「ゾーン」と呼ばれるような、究極の集中状態を経験したことはありますか? 国技館の声援が聞こえない、土俵上で無音になったとか?
土俵ではとにかく集中していますが、そういうことはないかなあ。無心で相撲を取っているだけです。
──好不調の波との向き合い方は? 好調を維持する、不調を短くする、どちらが大切でしょう?
どちらかと言うよりも、好調なときなんてほとんどないですよ。朝起きて今日はどこも痛くないな、「絶好調だな」と感じられることなんて、1年に3日ぐらい。三番ではなく、3日です。身体のどこかに、いつも痛みがある。その状況でいかにやり切れるか。悪いときにいかに自分の相撲を取るのかが大切です。
──白鵬関との対戦は、相撲ファンの特別な注目を集めます。大関にとっても、特別な気持ちで臨む一番ですか?
相手は横綱です。強い意識を持って臨まなければ、勝てる相手ではありません。自分ではまだまだだと思います。そうやって言われることは多いですが、勝ち越しているわけではありません(稀勢の里の10勝32敗)。ファンの皆さんに喜んでいただけているなら、もっと喜んでもらえるように頑張りたいですね。
──初土俵、新十両、初入幕、新三役、初の三賞など、大関はこれまでスピード出世をしてきました。大関昇進から2年という時間を長いか、短いか、どのようにとらえますか?
長いか短いかは答えにくいですが、はっきりしているのは無駄な2年ではないということ。一場所一場所が、自分にとって経験になっている。しっかりとした時間を過ごしてきたと思っています。自分のなかでは、大関になるまでの時間が長かったですよ。いまは本当に毎場所が充実しているので、時間は……このままずっと同じ状況なら長いということになってしまうので、とにかく力をつけるだけです。たまたま勝つのではなくて、確信を持って勝てる力士になりたいですね。
──理想の力士像は、いまお話した「確信を持った勝利」がキーワードになりますか?
うん、そういうことですね。
──綱取りを逃した『七月場所』を含めた様々な経験も、理想像へ近づくための大切な要素になりますか?
本場所の一番で身につくものは多いですから、それももちろんですね。
──ひょっとしたら数秒で決まるかもしれない一番のために、毎日稽古をつける。心技体を磨いています。
そういうところも含めてね、ファンの皆さんにはぜひ国技館に足を運んでいただきたいですね。テレビでは伝わりきらないところが、やはりあると思いますので。みなさんの興奮が伝わってきたり、大きな声援をいただいたりすると、やはり力が入ります。力士としてやり甲斐を感じることのできる瞬間です。
──日本人横綱の不在期間は、実に11年にもなります。それだけに、稀勢の里関に期待が集まります。
そうですか。じゃあ、『一月場所』は本当に頑張らないといけないですね(笑)。だからといって、プレッシャーはないですよ。なかなか勝てない時期も、色々と言われることも経験してきました。ファンの皆さんをがっかりさせないように頑張ります。
──こうしてお話を聞いている間に、大関の気持ちも高まってきたように感じられます。
心も体も万全の状態を整えて、悔いが残らないようにする。2014年の最初でもありますから、いいスタートがきれるように調整をしていかなきゃいけないですね。
──『一月場所』は何か特別なものがありますか?
1年の始まりですからね。ただ、僕は初土俵が『3月場所』なので、本音を言うとそちらのほうが思い入れはあります(笑)。
──それでは最後に、大関の考える相撲の魅力とは?
土俵の上には色々な思いがあります。それはやはり、テレビでは伝わりきらない。そういう部分は生で観ていただきたいですね。自分だけではなく力士の誰もが、人生をかけて、命がけでやっていると思います。そういうところをぜひ、国技館で実感していただきたいですね。
取材・文:戸塚啓
撮影:スエイシナオヨシ
.相撲をはじめたきっかけは?
小学校2年の頃に、近所の相撲大会に出ろと父親に言われて。裸になるのが嫌だから出たくないと言ったけれど、無理やり出場させられました。そこで5人抜きかな、10人抜きだったかな、とにかく勝ったことが嬉しくて。
小さい頃はどんな子どもでしたか?
体は大きかったですね。小学校3年ぐらいから、野球をやっていました。落ち着きのない子どもで、授業中は黙っていられなかった。
最近いちばん感動したことは?
楽天の『日本シリーズ』優勝ですね。テレビで観ていましたし、中学校時代に一緒に野球をやっていた美馬学くんがMVPを取ったので、うれしかったです。
ご自身を漢字1文字で表すと?
漢字はあまり得意じゃないので……うーん、難しい質問ですね。どうかなあ……。
お気に入りの場所は?
どうだろう……稽古場ですかね(笑)。
憧れの人・目標にしている人はいますか?
憧れと言うか、スポーツで成功している人、同学年のアスリートは意識するところはあります。プロ野球選手の涌井秀章投手やダルビッシュ有投手は同級生です。レベルが高すぎて、刺激にもならないですけど(苦笑)。
最後の晩餐は何がいいですか?
魚が好きなので、どんな調理法でもいい……あっ、お寿司。一年中食べられますから。
生まれ変わるなら何になりたいですか?
会社員になって、普通の生活をしている……いやっ、相撲をやっているいまの人生が楽しいですから、また相撲ができたらいいですね。
好きな言葉・座右の銘は?
言葉は難しいですね……何だろう、うーん……何かありますか、どんなのがいいですか?
将来の夢を教えてください。
将来というより、一日一日を大切に過ごすようにしています。
チケットぴあのインタビュー「Special Interview 稀勢の里」のページです。
1986年、茨城県生まれ。188cm、173kg。中学卒業後、鳴戸部屋に入門し、2002年『三月場所』で初土俵を踏み。貴乃花に次ぐ年少記録で新十両、新入幕を果たす。2011年、場所前に鳴戸親方(元横綱・隆の里)が急逝するも、『十一月場所』で10勝5敗、直前3場所で32勝をあげ、大関昇進を果たす。2013年『七月場所』で初の綱取りに挑むも11勝4敗で失敗。その後、11勝、13勝し、2014『一月場所』で二度目の綱取りに挑む。