富司純子(フジスミコ) のチケット情報

富司 純子(ふじ すみこ、1945年〈昭和20年〉12月1日- )は、日本の女優・司会者。血液型O型。和歌山県御坊市出身。旧芸名は藤 純子(ふじ じゅんこ)。本名は寺嶋 純子(てらじま じゅんこ)、旧姓は俊藤(しゅんどう)。2007年(平成19年)に紫綬褒章受章。2016年(平成28年)春の叙勲で旭日小綬章を受章。「富司純子」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2025年05月02日(金) 01:37UTC
来歴
疎開先の御坊市で生まれ、5歳のときに大阪市東成区へ移り。
1962年(昭和37年)、四條畷学園高等学校2年生のときに、よみうりテレビの歌謡番組『ハイハイ、マヒナです』のカバーガールとして姉・允子とともに出演。その当時は大阪の芸能プロダクションに所属していた。同年一家が京都に転居したため、京都女子高等学校に転校。
1963年(昭和38年)、当時共演をしていた名和宏から「松竹のカメラテストを受けてみないか」と誘われ。俊藤は自分の仕事場に娘が出入りされるのが嫌で猛反対したが、藤は「父が東映にいることもそれまでは知らなかった」と話している。この年は朝日放送のコメディー『スチャラカ社員』の若い女給役で出演している。
1967年(昭和42年)、出演55本目の『尼寺㊙物語』で初主演。1968年(昭和43年)、当時の東映常務兼企画製作本部長・岡田茂が企画した『緋牡丹博徒』の主役に抜擢される。岡田が俊藤に気付かれないようこっそり藤を呼び、任侠映画ファンを中心に絶大な支持を得て、主人公・緋牡丹のお竜(矢野竜子役)は、藤の最大の当たり役となってシリーズ化された。若山富三郎・菅原文太と共演した1970年(昭和45年)の第6作目『緋牡丹博徒 お竜参上』はシリーズの代表作となった、『日本女侠伝シリーズ』『女渡世人シリーズ』と合わせ、東映のトップスター・高倉健と並ぶ三つの主演シリーズを敷き、藤はまたたく間にスターダムへ駆け上がり、東映の看板女優となった。
このころ出演した1969年(昭和44年)の『日本暗殺秘録』と1970年(昭和45年)の『日本侠客伝 昇り龍』を、二作品とも富司の主演ではない映画だが、富司は好きな作品として挙げている。
1972年(昭和47年)、NHKの大河ドラマ『源義経』で共演した歌舞伎俳優の四代目尾上菊之助(現・七代目尾上菊五郎)と結婚し、『関東緋桜一家』を最後に引退を表明。
1974年(昭和49年)、寺島 純子(てらしま じ
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