伊東四朗(イトウシロウ) のチケット情報
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伊東 四朗(いとう しろう、本名: 伊藤 輝男、1937年〈昭和12年〉6月15日 - )は、日本のコメディアン、俳優、タレント、テレビ司会者。日本喜劇人協会相談役。オルテ企画所属。東京府東京市下谷区(現在の東京都台東区)出身。血液型はO型。5人きょうだい(兄2人、姉1人、妹1人)の三男。「伊東四朗」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2026年04月20日(月) 21:31UTC
兄は教育評論家の伊藤竹三。息子は俳優・タレントの伊東孝明。
来歴
生い立ち
1937年6月15日、東京府東京市下谷区竹町(現在の東京都台東区台東)にて、服地商の子として生まれる。父親は静岡県榛原郡相良町(現在の牧之原市)、母親は同県掛川市の出身。男、女、男、男、女の5人きょうだいの上から4番目の三男が伊東。戦時中は母親の実家のある掛川市に疎開した。疎開中には、工場跡地のトロッコで遊んでいたところ、トロッコが暴走して転倒し車輪の一部が伊東の左頬を貫通したことがあるという。
石井均一座
東京都立市ヶ谷商業高等学校卒業後は就職を希望し数多くの面接を受けるも、目付きが悪い、人相が悪いことを理由に不採用が続き、伝手を頼って紹介された製薬会社も入社試験を受けたが採用には至らなかった。1958年に伊東は早稲田大学生協職員に採用され、時間が出来ると観劇に様々な場所へ赴いた。その中で新宿フランス座の座付き俳優だった石井均は同じくこの年に劇団「笑う仲間」を旗揚げ、この舞台を見に足繁く通っていたため一座の役者が伊東の顔を憶えるほどになっていた。それらの経緯もあり、石井一座の役者から「君も(舞台で)やってみないか?」と誘われ、石井一座に参加。「笑う仲間」はもう一人の共同主宰者と石井の仲違いから数か月で瓦解。「石井均一座」として再出発し新たに財津一郎(当時は財津肇メ)らが加わった。
最初の芸名は、師匠の石井均に「いとうにしよう」と言われたことから「伊藤証(いとうしょう)」だったが(「一等賞」をもじって名付けられたとの説もある)、ポスターなどに名前が連なる時に「名前が3文字なため、4文字の先輩より目立つ。お前も4つにしろ(→四朗)」ということで「伊東四朗」と改名した。
てんぷくトリオ
(省略)
石井一座は、浅草の松竹演芸場や新宿の新宿松竹文化演芸場を拠点に人気となる。石井に追随した戸塚睦夫も新宿フランス座々付でその剣劇や軽演劇仲間であった三波伸介とは夜間キャバレーの営業に出ていた(三波戸塚コンビ
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