≪ショスタコーヴィチ&ショパン≫
ショスタコーヴィチ(24の前奏曲とフーガより)/他
聴き手の心の芯に音を響かせる稀有なピアニストが贈る垂涎のショスタコーヴィチ&ショパン。6/3(火)ミューザ川崎シンフォニーホールにて開催。
ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ Op. 87より抜粋
ショパン:24の前奏曲 op.28 全曲
ショパンとショスタコーヴィチをひとつの公演で結びつけるのは、一見すると意外な組み合わせに思えるかもしれませんが、ショスタコーヴィチがワルシャワで行われた第1回ショパン国際ピアノコンクールに参加してから2027年で100周年になると気付いたときに、このアイデアが私の頭に浮かびました。
ショスタコーヴィチはサンクトペテルブルク音楽院のピアノ科(1923年)および作曲科(1925年)を卒業した後、1930年までは―ラフマニノフやプロコフィエフの足跡を追うように―ピアニストと作曲家の両方のキャリアを積み上げました。1926年には、翌年に開かれる第1回ショパン・コンクールのソビエト連邦からの出場者の一人に選ばれ、コンクールの結果は参加賞の受賞(訳注・本選出場)にとどまりましたが、彼の演奏は観客やメディアから熱烈な称賛を受けました。ショスタコーヴィチがこのコンクールで一定の成功を収めたことは、彼がショパンの音楽に非常に精通していたことを意味し、その事実が、ピアニスト兼作曲家である両者を対比させる今回のプログラミングのきっかけとなりました。
私は、1927年のショパン・コンクールでショスタコーヴィチがどのショパン作品を演奏したのか、興味を持ちました。しかしとても残念なことに私の調査、またワルシャワのショパン研究所やショスタコーヴィチの親友であったポーランドの作曲家クシシュトフ・メイエルの寛大な協力をもってしても、当時のプログラムの記録を発見することはできませんでした。ただ、同コンクールでの課題曲のリストは残っており、その中にはショパンの「24の前奏曲」からの2曲―第8番嬰ヘ短調と第16番変ロ短調―が含まれていたのです。
それらを踏まえ、私はこの2人の巨匠をさらに結び付けたいと考えました。彼らの音楽や人生は全く異なっているものの、ショパンの「24の前奏曲」作品28とショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」作品87といった最高傑作のインスピレーションは、史上最高の巨匠、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの音楽から得たものです。それぞれのサイクルは、その創作者の核―彼らの人生、経験、信念―を描写しています。今回、ショパンとショスタコーヴィチの偉大な音楽遺産を皆さんと一緒に探求できることを、心から嬉しく思います。
ユリアンナ・アヴデーエワ