Column
花火の季節/何を観る、何を想う

それでは、花火の世界にちょっと寄り道!
- ■光と音の饗宴!――花火の「アート」を考える
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最近の花火大会やイベントで見る花火は、どんどん派手に華やかになっています。最新の科学技術の粋を尽くした、花火と様々なアートとのコラボレーションが五感を刺激し、新鮮な驚きをもたらしてくれます。
音楽のメロディーやリズムに合わせて花火が上がったり、その色や形が変化したり、花火とレーザー光線とプロジェクションマッピングが合体したり、花火をバックにパフォーマーが踊ったり。色彩と光と音の洪水に、観客の歓声やどよめきや熱気が混然一体となった非日常的体験は、最高のエンターテインメントと言えるかもしれません。
花火との付き合い方も変わったなあと、子供の頃によく土手に寝転がって観た花火大会のことを思い出しました。
しいんとした夜の闇に、ヒュ~という音とともに光の筋が放物線を描いて空高く伸びていったかと思うと、バンッと大輪の花が開き、少し遅れて「ドーン!」と迫力ある音が響き渡るのです。お腹にまでズドーンと振動が伝わってきます。花火はすぐに消えてしまうこともあれば、シュワシュワと音をたてながら金色の雨を降らすこともあり、その時にはもう次の花火が上がっている。この間、目と耳はすべてを忘れて花火に集中し、その色や形の移り変わりを見つめ、その音の変化を楽しんでいました。まわりの歓声も話し声も、ぬるい風も少し焦げ臭いにおいも、すべてを自分の全身で感じていたのです。
その時、最近の<光と音の織りなすショー>を受け身で楽しむのとは違って、花火を眺めているその場自体をも含めて「アート」として身体全体で自分が感じようとしていたように思います。 - ■線香花火の美学
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日本特有の線香花火は、こよりなどで少量の火薬を包んだだけの、とても繊細な手持ち花火の一つです。筆者もこの花火が大好きで、火をつけてからほんの数秒、小さな単色の火花の一生をじっと見守り、愛でるだけで、とても幸せな気持ちになれるから不思議です。小さいのにすごいパワーがあるなと思います。
線香花火はその独特の燃え方や移ろい方から、よく「わびさび」や「序破急」や「起承転結」、あるいは人生そのものにたとえて語られます。詩があり、音楽があるとも言われます。
長年、線香花火を手作りされてきたという、老舗玩具花火製造所の筒井時正さんの言葉が印象的です。
「線香花火の燃える音色は、一刻一刻その表情を変え、人の一生に置き例えられるほど、儚く美しい」
細く小さなこより、パチパチというかすかな音、単色の繊細な火花、数秒で落ちてなくなる火玉、静寂・・・。能や茶の湯でなくても、日本の伝統文化が理想とする「極限まで削げ落とした美」の世界が、身近な線香花火に見出せるってステキですね!
- ■ジャズ、砂曼荼羅、花火
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花火は打ち上げた玉が開いて初めて「作品」が完成するといいます。線香花火だって、火をつけてみないとどうなるかわかりません。いきなり「蕾」の火玉がボトッと落ちてしまうかもしれないし、「牡丹」や「松葉」と呼ばれる火花がどんなふうにはじけるかも運まかせです。
花火の、直しが効かない一回性と何が起こるかわからない偶然性は、音楽や演劇の生演奏・生演技、書道やあらゆる即興アートに共通しています。即興が前提のジャズはもちろん、クラシック音楽でも、同じ人が同じ曲を楽譜どおりに演奏しても、二度と同じ音楽が鳴り響くことはありません。花火も映像に残すことはできますが、実際に花開いた本物の光と音は残りません。
人は貪欲なもので、美しいものや大切なものは何とかして残したいと工夫を重ねてきました。楽譜、印刷、録音、録画、修復、保存・・・。でも、花火は違います。潔くパッと消えることを承知で、それが花火だと誇りを持って、花火師さんたちは長い月日をかけてていねいに作った花火玉を打ち上げるのだそうです。かっこいいです!
それで思い出したのが、チベット密教の砂曼荼羅です。静寂の中、僧侶たちが極彩色の砂を慎重に少しずつ落としては、一週間ほどかけて精緻な曼荼羅を描き出します。そうしてようやく完成した曼荼羅も、すぐに高僧の手によって一気に壊され、川に流されるのです。諸行無常の教えとのことですが、その過程すべてが花火とその美学に重なるように思えてなりません。 - ■花火の絵や音楽を楽しむ
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花火を魅力的に描いたすばらしい絵画や音楽にも触れてみましょう。歌川広重の浮世絵「江戸名所百景 両国花火」や山下清の貼り絵「長岡の花火」、ストラヴィンスキーの管弦楽曲「幻想曲<花火>」やドビュッシーのピアノ曲「花火」などは、花火の魅力をそれぞれの手法で描写したものです。音楽で花火を描写するとどうなるか、一聴をお勧めします。
J-popには「花火」のタイトルを持つ曲がたくさんありますが、ほとんどがその歌詞に花火を取り込んだもの。日本人が花火をどうとらえているか、アメリカのケイティ・ペリーが歌う「Firework」の歌詞と比べてみると面白いかもしれません。
ちなみに、英語の「fireworks」には「名演集」という意味もあるので、特にアルバムにこのタイトルがついているときは注意してくださいね。「花火」とは無関係なことが多いですから。
大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。