Column

連載コラム『寄り道アート』9月

中秋の名月に寄せて ~月に憑かれたアート~

月がきれいな季節になりました。今年2017年の十五夜、中秋の名月は10月4日とのこと。ススキを飾り月見団子を供えてお月見をする、という習慣は今ではあまり見かけなくなりましたが、窓から、あるいは通りを歩きながら、ふと夜空を見上げたとき、大きなまんまるの月が出ていたら、誰でも思わず見とれてしまうのではないでしょうか。
遠い昔から、世界中で、人はどんな月を見てきたのでしょう。月に魅せられた人たちは、その憧れや夢や想いをどんな形や方法で表現してきたでしょう。「月」に関連した絵や音楽、映像や芸能など、どんなものが思い浮かびますか?
それでは、月の世界にちょっと寄り道
■能と狂言の月

日本の伝統芸能の一つ、能には、名月にまつわる演目がいくつかあります。「平家物語」をもとにした「小督(こごう)」や、夢幻能(むげんのう)という一種の夢物語の様式で描かれる「融(とおる)」や「姥捨(うばすて)」などが、この季節にはよく上演されます。おりしも十五夜の名月の夜だから、尋ね人は月に誘われ琴を弾いているに違いない、と琴の音を頼りに探し出す(「小督」)や、中秋の名月の下、夢まどろみの中で在りし日の貴人が舞を舞う(「融」)といった、なんとも幻想的で風雅な世界が繰り広げられます。各地の能楽堂だけでなく、屋外での公演もあるようです。本物の名月の下で観る能舞台は、また格別の趣があるに違いありません。

たいてい能と組み合わせて上演される狂言にも、「吹取(ふきとり)」など、月にまつわる演目があります。名月の夜、京都五条の橋で笛を吹くと妻になる女が現れると言われ、自分は笛が吹けないので代わりの者に吹かせるが、現れた女が残念な容姿で・・・というドタバタ劇です。月と笛の音も、ここでは面白おかしい滑稽な世界の小道具になっているようですね。

月を眺めながら幻想的な薪能を堪能してみては?
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■20世紀前後のフランスの月

面白おかしいといえば、「史上初のSF映画」とも称される「月世界旅行」(1902年)も見どころ満載。フランスのジョルジュ・メリエス監督による15分足らずのサイレント作品ですが、突っ込みどころ満載と言うべきでしょうか、今の時代の感覚からすると、どのシーンもギャグ漫画かコントのようで、むしろ新鮮な驚きに満ちています。探検隊は軽装のまま、日曜大工のように簡単に造った砲弾型のロケットに乗り込み、大砲でズドンと月に向かって撃ち込まれ、月では傘で月人と戦い、最後は宇宙船ごと真っ逆さまに地球の海に落下して救出され、街をあげての祝宴で、めでたしめでたし・・・という話。まだ月が未知の世界で、限りなく自由に夢を膨らませることができたからこそ、こんなにもファンタジーあふれる作品が生まれたのだと思います。

その少し前の19世紀末に、同じフランスの作曲家ドビュッシーは、ヴェルレーヌの「月の光」という詩に魅せられ、歌曲を作曲しました。後に、その詩の世界をピアノの音だけで表現したのが、『ベルガマスク組曲』の「月の光」です。印象派の画家モネの絵画を思わせるような、幻想的で色彩豊かな響き。淡い月の光や、その光の粒のきらめきが目に浮かんできます。

ほぼ同時代のフランスで、巨大キノコやゴツゴツ岩におおわれた、張りぼてのような人面の月を探検する映画と、地上で見る柔らかな月の光の情景を描いた詩や音楽が作られていたというのも興味深いですね。同じ月を見ても、捉え方はさまざまです。

珠玉の印象派コレクション!
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■月、ピエロ、狂気

20世紀初期、ドイツの作曲家シェーンベルクが、フランスの詩人アルベール・ジローの詩のドイツ語訳をもとに、室内楽伴奏による連作歌曲「月に憑かれたピエロ」を作曲しました。とても難解な詩と音楽ですが、月、ピエロ、そして定まった調(キー)のない無調音楽というアイテムだけでも、何か神秘的で幻想的で不思議な世界に引き込まれてしまいそう。その世界観は、どこか日本の能に通じているような気がしませんか?実際に2012年、『月、シェーンベルク、能 ――次元を超える愉楽・夢幻能「月に憑かれたピエロ」』というコラボレーション公演が催され、2016年の東京春祭でも再演されました。月を介してピエロと能が結びつくなんて、興味深いですね。

ヨーロッパには古くから、月の光が人の心や体を狂わせるという考え方があったようです。英語の「lunatic 狂った」や「lunacy 狂気」という言葉も、「lunar 月の」や「Luna 月の女神」に由来するとのこと。満月の夜に狼に変身する「狼男」の伝説や、シェークスピアがオセロに語らせた言葉などもその例でしょう。
「それは月のせいだ。月が地球に近づくと、人を狂わせるのだ」
(「オセロ」第5幕第2場より)

シェーンベルクを聴き比べ♪
十二音技法を用いて書かれた最初の大規模な作品「管弦楽のための変奏曲」
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月下の男女の語らいが題材となっている「浄められた夜」
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■月は永遠のロマン?

それでも月はいつも美しく、見ているだけでやさしい気持ちにしてくれます。日本では月見団子、中国や台湾などでは月餅(げっぺい)を食べたり、観月会や祭りが催されたりと、さまざまな「お月見」の文化があるアジアの国々では、月は「狂気」とは無縁のようです。
香りを鑑賞する日本独自の文化、香道には、この季節、香りで「月」を想い、「月」の香りを当てて楽しむ「月見香」があります。月をこんなふうにも楽しめるって、なんて素敵なんでしょう。

1969年にアメリカのアポロ11号が月面着陸を果たし、人類が初めて月に降り立ってから半世紀近くが経ち、その間に月について多くのことが解明されてきました。月には水も空気もなく、日中と夜とで激しい温度差があり、「海」と呼ばれる平原やたくさんのクレーターや山脈があることなど。SF映画などではその殺伐とした風景が描かれています。にもかかわらず、人が地上から月を眺めるとき、それは夜空に浮かぶ大きな美しい宝石であり、心を癒し、夢を託す光であるようです。不思議ですね。

甘くせつないジャズのスタンダード曲「ムーンライト・セレナーデ」や「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」などは月面着陸以前に作られたものだとしても、大きな満月を背景に、少年と宇宙人の友達が自転車に乗って夜空を駆けて行くシーンが印象的な映画「E.T.」も、ブルーノ・マーズが歌う名バラード「トーキング・トゥ・ザ・ムーン」も、月の正体を知った上での作品。月は永遠にロマンであり続けるのかもしれません。

淀川で現代の月見の宴!薪能×ブルース
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ジャズで溢れる10日間。「月」の名曲にいくつ出会える?
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大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。

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