Column
桜の精を探しに行こう!

- ■日本の伝統文化を彩る桜
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「さくら~さくら~」と歌われる「さくら」は、日本の代表的な歌として、よく海外のアーティストがあいさつ代わりに取り上げたり、国際的な行事で歌われたりしますね。プッチーニのオペラ『蝶々夫人』の第一幕、蝶々さんが婚礼の前に、着物のたもとからいろいろ持参した物を出してピンカートンに見せる場面でも、この「さくら」のメロディが使われています。
秋の紅葉と並んで、日本の伝統的な芸術文化になくてはならない春の桜。能や人形浄瑠璃(文楽)、歌舞伎などでは、桜そのものがテーマになったり、状況や心情を象徴的に表す小道具になったり、舞台を華やかに彩ったりと大活躍。文学や絵画、工芸品などにも数多く取り上げられています。 - ■歌舞伎に観る圧巻の桜
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歌舞伎には、桜の演出がみごとな作品や名場面がたくさんあります。満開の桜の下で美しい娘が幾通りもの衣装に着替えながら恋を語り、舞を舞う「京鹿子娘道成寺」。桜も盛りの江戸の遊郭、吉原を舞台にヤンチャな色男が大暴れする「助六由縁江戸桜」。雪に閉ざされた山中なのに、なぜか満開の薄墨色の桜の下で繰り広げられる舞踊劇「積恋雪関扉」。こうした桜を背景にした演目は、見た目の華やかさゆえに人気が高いといいます。
圧巻なのは、文楽を原作とする歌舞伎『祇園祭礼信仰記』から「金閣寺」のこの場面。捉えられ縛られた雪姫の上に大量の桜の花びらが降り注ぎます。そのあと雪姫が足の爪先で花びらを集めて描いたネズミが動き出し、姫を助けるのですが、また花びらに戻って消えていくのです。
桜、桜、桜…。歌舞伎に観る桜の圧倒的な華やかさ、美しさに見惚れてしまう一方で、それらが必ずしもハッピーな世界を演出しているのではないことにも気づきます。悲しみ、恨み、憎しみ…そんな感情が渦巻くストーリーが多いだけに、満開の花もじきに散ってしまうという無常感とつながっているような気がしてなりません。 - ■桜の精とバラの精
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室町時代の世阿弥の作とされる能「西行桜」には、老人の桜の精が登場します。西行法師が大勢の花見客を煩わしく思い、美しさゆえに人をひきつけるのが桜の咎(とが)だという歌を詠むと、その夜の夢に老いた桜の精が現れ、「煩わしく思うのは人の心であって、桜に咎などない」と諭し、舞を舞って消えてゆくのです。
様々な芸術文化を彩る花の代表が日本では桜なら、西洋ではバラかもしれませんね。20世紀初頭、ウェーバーの「舞踏への勧誘」の音楽に乗せて花型ダンサー、ニジンスキーが演じて以来、世界中で人気のバレエ「バラの精」。舞踏会のあった夜、少女の夢の中にバラの精が現れ、少女と踊っては消えてゆくというもの。夢の中の桜の精とバラの精。それぞれの幻想的な世界に誘われてみるのもいいかもしれません。
シューベルトやウェルナーの歌曲「のばら」、リヒャルト・シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」、エディット・ピアフの「バラ色の人生」やベッド・ミドラーの「ローズ」など、日本の桜にまつわる芸能や桜ソングと、見比べ聴き比べしてみるのも楽しいですね。バレエ「薔薇の精」(公演・チケット情報)
- ■千本桜の饗宴
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ボーカロイドの初音ミクが歌う「千本桜」は、2011年にインターネット上で公開されて以来人気となり、動画投稿サイトにも様々なアレンジの「歌ってみた」「演奏してみた」がアップされるなど、今ではすっかり桜ソングの定番となっています。ミュージカルや小説にもなり、中村獅童が「義経千本桜」と融合させた新作歌舞伎を上演したり、初音ミクと太鼓芸能集団 鼓童がコンサートで共演したりと、新たなコラボレーションも次々と生まれています。和楽器バンドによるロック・テイストの演奏をはじめ、様々な和楽器アンサンブルや海外アーティストによる演奏で、いろいろなヴァージョンを楽しむことができます。
なぜ「千本桜」は日本のみならず世界中でこれほど人気なのでしょう?どことなく古風な歌詞と、日本の民謡や童謡と同じ音階でできているのに、現代風のアップテンポでキャッチーなメロディ、そして何といっても初音ミクの人気。それがネットで共有・拡散され、オリジナルの和テイストに加え、様々な和楽器アンサンブルの演奏の新鮮さも加わって、海外の人たちにも強烈なインパクトをもたらしたように思います。
もともと、奈良県吉野山を桜色に染める花盛りのようすを称え、転じて桜の名所やその満開のさまを指すといわれる「千本桜」。その圧倒的なスケールの桜の世界に浸るもよし、一本の桜と対峙して桜の精を感じるもよし。どんな桜に出会えるでしょう。何か新しいアートが生まれるかもしれませんよ。今年のお花見が楽しみですね!和楽器バンド(公演・チケット情報)
大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。