Column
海のアートを探しに行こう!

- ■インスピレーションを生み出す海
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海はさまざまな表情を見せてくれます。典型的な夏の海のイメージとしての、青く光り輝く海。大波が次々と白い牙をむく荒れた海。夕日に赤く染まる海。月明りだけがぽっと浮かぶ漆黒の夜の海・・・。
遠い昔から、人はそうした海の光景に心を奪われ、その感動を絵にしたり、音楽にしたり、写真に撮ったり、詩や文章にしたりしてきたように思います。大波を描いた葛飾北斎の木版画(「富嶽三十六景 神奈川沖裏浪」)や、それにインスピレーションを得て作曲したと言われるドビュッシーの交響詩「海」、といった有名な作品から、幼い子供が描く海の絵まで、どれも海に対する畏れや憧れを重ね合わせて生まれたものに違いないでしょう。 - ■海そのものがアート
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先日テレビ番組で南極の深海の映像を観て、映し出された様々な光景のあまりの美しさに何度も息を呑みました。氷の大陸の直下、不毛の海底と思われていたところに、学者でさえ、まさか!と驚喜した巨大化したサンゴやホヤの群生。まるで異世界の花畑のような、色とりどりの見たことのない不思議な形状の動植物群。透明化した魚や巨大化したイカやクラゲのぬらりゆらりとした優雅な動き。無尽蔵に噴き出てくるオキアミの大群・・・。それらの色彩の美しさ、想像を絶する造形のおもしろさ、なめらかな動きの艶めかしさ、尋常でないスケールの大きさ、そのすべてが人間には創造することのできない、とてつもない世界に思えました。深海の神秘というよりも、海そのものがアートだ!という印象を強く持ちました。
日本の近海でも北の海でも赤道直下の海でも、世界中の海の中はきっと、それぞれ特徴のある「自然が生み出した作品」でいっぱいなのでしょうね。いろいろな色や形の生き物がいて、水の色も波の動きも違って・・・。
季節や時間や天候によって様々な表情を見せる、陸から見た海の光景も、場所や地形によってさらに多様になることでしょう。深くて暗い海中の世界、刻々と変化する水面の色など、想像を巡らせていくと、芸術家が海を題材に選ぶ気持ちがわかるような気がします。心に迫る瞬間を様々な角度で切り取りたくなるのではないでしょうか。 - ■海と音楽
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海の神秘は目に映るものだけではありません。むしろ目をつぶってみる。すると、波の音が聴こえてきます。穏やかな海ではゆったりと、荒れた海では急激なクレッシェンドと強烈なアクセントを伴って反復する、波のリズム。それは時を刻む音のように正確ではなく、寄せては返す間隔も、その音量も、一回ごとに微妙に違う、ゆらぎを含んだくり返し。波のリズムに耳を傾け、心をゆだねるだけで、気持ちが穏やかになって癒されていくから不思議です。私たちの呼吸のリズムに近いからだとも言われています。波の音を延々と聴かせる音源が、ヒーリング・ミュージック(癒しの音楽)として愛聴されているのもうなずけます。
ゆったりとしたハワイアン・ミュージックや、ジャマイカのゆるいレゲエ、ブラジルのボサノバなどのリズムに、波のリズムを感じることもありますが、それらの音楽が波を意識して作られたかどうかはわかりません。ただ、波の音を聴いて暮らしている人々の体内に、そのリズムが自然と形成されていったとしても不思議ではないような気もします。
最近のいわゆる「サーフ・ミュージック」と呼ばれる音楽には、ゆったりとしたものもあればアップテンポのものもあり、ポップス、ロック、レゲエ、ボサノバ、EDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)などジャンルも様々。要はサーフィンをしたり、海にドライヴに行ったり、海でくつろぐ時に聴いて心地よい音楽ということらしく、サーフ=波と直接の関係はないようです。それでも、そうした音楽が海で聴きたくなるのは、共通して明るく、ノリが良く、開放的だから?やっぱり真夏の海の魅力につながっているようですね。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の勇壮なテーマ曲も、ディズニー・アニメ『リトル・マーメイド』の中で歌われるカリプソ風の「アンダー・ザ・シー」も、その点では共通していませんか?
クラシック音楽では、海洋国イギリスの作曲家たちが、海を描写した壮大な管弦楽曲をこぞって書いているのが注目されます。エルガーの「海の絵」、ヴォーン・ウィリアムズの「海の交響曲」、ブリテンの「4つの海の間奏曲」など、それぞれ海をどのように描写しているのか、聴き比べてみるのも面白いかと思います。 - ■海をイメージさせる建築
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スペインの港町バルセロナの、ガウディによる建築群。どれもが色彩豊かで、自然や動植物をモチーフにした構造や装飾で知られています。その中でも、バトリョ邸の中庭に面した階段の踊り場の演出には脱帽です!波打つ透明ガラスを通して青いタイルの壁面を見ると、それがゆらゆらと揺れ動く水のように見えて、自分がまるで海の中にいるような感覚になるのです。
屋内で海中のイメージを演出しようとすれば、最近ではCGやプロジェクションマッピングを有効に使うこともできます。20世紀初頭にアナログでこれだけの効果をもたらすように設計したガウディの発想と技量には、驚くばかりです。
他にも、身近な建物や風景の中で海を感じる場所があるかもしれません。体験型エンターテインメント「フエルサ ブルータ」では、観客がまるで海中にいるかのような感覚と幻想的な美しさを楽しめる仕掛けがありますし、海岸のロケーションを活かした作品展示が楽しめる大規模な芸術祭も展開されていますよ。海の楽しみ方はいろいろありそうですね。常識と重力を凌駕する…、リアルな幻想世界へ「フエルサ ブルータ」のチケット情報
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大橋悦子(おおはし えつこ)
東京生まれ。翻訳家・ライター。東京芸術大学音楽学部楽理科卒業。同大学院音楽研究科修了。音楽を中心に、ジャンルを超えた様々な芸術文化に関する翻訳・執筆多数。