中島フミアキ(ナカジマフミアキ) のチケット情報

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中島フミアキ(なかじま フミアキ、1957年11月3日 - )は、日本の歌手、ギタリスト、ソングライター、ナレーター。

旧芸名は中島 文明(なかじま ふみあき)。東京都大田区出身。

所属事務所はS-Cool。

来歴
(省略)
初めて買ったレコードは小学5年生の時、島倉千代子「愛のさざなみ」の歌い心地が気持ち良くて。
初めて買ったギターは商店街のディスカウントショップの白いガットギター、なぜ白を選んだかと言うと「時間ですよ」に出ていた天地真理のファンで彼女が白いギターを弾いていたから。

折しもその頃日本のフォークソングのブームで、高田渡、泉谷しげる、吉田拓郎などの譜面が雑誌の付録などに付いており、それでギターのコードを覚える。姉貴世代が夢中になっていたビートルズを認知したのは床屋のラジオから流れてくる「ヘイ・ジュード」からだったと思う。その頃柔道を習っていたため、「ヘイ、柔道」に聞こえたからだと語っている。

高校に入ると「フォーク村」と言うサークルを作りオリジナルのフォークソングを作り始める。友達の高木君と「冬風鈴」と言うグループを作り、テレビ神奈川(TVK)のオーディション番組で3位入賞を果たす。その時初めて「ベルウッド・レコード(Bellwood Records)」の担当者から名刺をもらうも連絡をしなかった。

矢沢永吉のキャロルが巷を席巻としていた頃、渋谷のライブハウス「屋根裏」で桑名正博の「ファニーカンパニー」を見て衝撃を受ける。それから関西ブルースに興味を持ち憂歌団や上田正樹に惹かれT-ボーン・ウォーカー、BBキング、オーティスレディングを知るに至る。

高校を卒業すると一級下の中村信吾と「関東のブルースをやろう」と思い立ち「リバーサイドボーイズ」を結成する。そして彼の卒業を待つ間蒲田西口のジャズ喫茶「直立猿人」でアルバイトをした。そこでルイアームストロングの「What a wonderful world」に出会い、歳を取ったらこんなボーカリストになりたいと思った。ちなみにその店の常連に、のちにダンガンブラザースのベーシストになる美久月千晴がいてBANDに誘った。

音楽業界に何のつてもないリバーサイドボーイズは出演者を募集していた渋谷の「ヘッドパワー」と言うライブスナックで、1日3スデージのライブをこなしていた。まずは渋谷「屋根裏」や「新宿ロフト
「中島フミアキ」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2025年12月16日(火) 22:34UTC
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