田中知之(FPM)(タナカトモユキエフピーエム) のチケット情報

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Fantastic Plastic Machine(ファンタスティック・プラスティック・マシーン)は、音楽プロデューサー、リミキサー、DJ、作曲家、編曲家として活動する田中知之(たなか ともゆき、1966年7月6日 - )のソロプロジェクトである。現在は略称として使用されていたFPM(エフ・ピー・エム)を正式名称として活動中。

略歴
京都市上京区にて生まれる。中学生のころから音楽に興味を持ち、市立紫野高校時代から龍谷大学法学部在学時代までバンド活動をしていた。

18歳のころ、ディスコで皿洗いのアルバイトをしていた関係でDJの存在を知り、人から勧められたこともあり、DJとしての活動を始めた。この頃について田中は『朝日新聞』とのインタビューの中で「バンドにターンテーブルを取り入れるなど、当時としては斬新なことをした」と振り返っている。バンドとしてデビューする予定だったが、デビュー先のレコード会社が倒産したため、就職活動をせざるを得なくなり、アパレル会社へ入社。その後出版社の誘いを受けて、雑誌編集者に転職した。その間、週に一度の割合でDJとしての活動を行い、給料でレコードを購入していたが、レコード店には自分のほしい曲がないと感じ、楽曲制作を始めるようになった。1995年、DJ活動の拡大に伴い辞職して上京。当時ピチカート・ファイヴのメンバーだった小西康陽の誘いを受けてデビューアルバムを制作し、世界中で名前が知られるきっかけとなった。その後、世界中で活動を続けるが、2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件がきっかけで自分がアジア人であるという認識が高まったため、アジアでの活動に重きを置いた。

1995年にリリースされたピチカート・ファイヴのアルバム『ロマンティーク96』の中に、自身のソロ・プロジェクトFantastic Plastic Machine=FPM 名義の楽曲「ジェット機のハウス」が収録されメジャーデビュー。その後、1997年『The Fantastic Plastic Machine』に1stアルバムをリリース。2004年に立ち上げたDJ-MIXシリーズ『Sound Concierge』は、これまでに全11作を発表し、いずれも異例のセールスを記録している。

多数のアーティストのプロデュースも手掛けており、リミキサーとしても、布袋寅泰、UNICORN、くる
「Fantastic_Plastic_Machine」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2025年10月01日(水) 05:05UTC
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