三谷昇(ミタニノボル) のチケット情報
三谷 昇(みたに のぼる、1932年〈昭和7年〉4月9日 - 2023年〈令和5年〉1月15日)は、日本の俳優・声優、芸術家。「三谷昇」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2026年04月08日(水) 14:11UTC
広島県福山市出身。
来歴・人物
広島県立福山葦陽高等学校卒業。「文学座」や「劇団雲」を経て、「演劇集団 円」に所属していた。特技は広島弁。
高校時代から演劇活動を開始(省略)。1951年に高校を卒業後、画家を志望して東京藝術大学を受験するが失敗。郷里に帰るのが嫌で文学座に裏方として入団した(省略)。4年後、役者へと転身した。
絵心は晩年まで持ち続け、舞台でピエロを演じた経験から「役者は道化」と思い定め、ピエロを描いた「道化石」を共演者らに送ったり、新美南吉の童話『いつのことだかどこのことだか』を紙芝居化したり、公演先でスケッチしたりしており、没後には遺作展も開かれた。
29歳の時に自動車事故で片目を失明した。
1963年、芥川比呂志らと文学座を退団し、劇団雲の旗揚げに参加。
1970年、黒澤明監督の映画『どですかでん』で浮浪者の父親役に起用され、映画やテレビドラマからの出演オファーが増えた(省略)。
1975年、演劇集団 円に設立メンバーの一人として参加。別役実作や、蜷川幸雄演出の舞台作品に数多く出演した。
気の弱い男性役や不当に虐げられる役、詐欺師、道化などの役を幅広く担当。特異な風貌から悪役も数多く演じており、男性でありながら妖婆役を演じることもあった。
1970年代頃までは自身の演じる役を子供に言いにくかったが、『ウルトラマンタロウ』で二谷一美ZAT副隊長役のオファーを受けた際、初めて子供に言える役をもらえて嬉しかった、と回想している(省略)。
日活ロマンポルノにも多数出演し(省略)、スケジュールが合う限り何でもオファーは断らなかったと話している(省略)。深作欣二監督に重用され、伊丹十三作品には常連出演した。
2004年に名画座「自由が丘武蔵野館」にて特集上映“大怪優 三谷昇”が開催され、『軍旗はためく下に』『野獣狩り』『夢野久作の少女地獄』などが上映された。その際のトークショーでは、自身が愛着のある出演作として『おろしや国酔夢譚』を挙げている。
2008年に演劇集団 円を退団後も、フリーとして舞台を中心に精力的な活動を続けた。
2015年、第50回紀伊國屋演劇賞・50回記念特別賞にて男優賞を受賞。
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