ケーシー高峰(ケーシータカミネ) のチケット情報
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ケーシー 高峰(ケーシー たかみね、1934年〈昭和9年〉2月25日 - 2019年〈平成31年〉4月8日)は、日本のタレント・俳優。本名:門脇 貞男(かどわき さだお)。「ケーシー高峰」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2025年12月17日(水) 18:24UTC
白衣姿で黒板やホワイトボードを用いる医事漫談の創始者。愛称は「ドクター」。
来歴・芸風
山形県最上郡最上町出身。母方は先祖代々医師の家系であり、母・シヅエは生涯現役で診察を務めた産婦人科医であった。また、父は海外出張の多い商社マンで、レコードの収集家だった。
山形県立新庄北高等学校卒業後、家業を継ぐべく日本大学医学部に進学させられたが、教授と相容れなかった(本人曰く、風貌を理由にいじめを受けた)ことと、モダン・ジャズやラジオに耽溺して学業がおろそかになったことから、日本大学芸術学部に転部。芸術学部の同級生には宍戸錠らがいた。医学部から芸術学部に転部したことを知った母シズエは「おまえにやる金はない!もう帰ってくるな」と激怒。その後、1970年の春まで母親との連絡は途絶えた。
在学中から「坊られい」と名乗り、クラブのMCとして業界では知られた存在となった。「坊られい」という芸名は、ドメニコ・モドゥーニョのヒット曲『(省略)』のサビの歌詞で英題でもある「(省略)」と、「ぼられた」に由来する。
1957年の日大卒業後、本格的に芸人を志し、漫才師・大空ヒットに弟子入り(一部資料では、リーガル天才に師事したとしている)。当初「大空青天」を名乗り、兄弟子の大空曇天と漫才コンビ「大空晴天・曇天」を組むも解散。次いで弟弟子の大空かなた(後の横山あきお)と漫才コンビ「大空はるか・かなた」を組み、自らは「はるか」を名乗った。コンビは南千住の「栗友亭」を拠点にそこそこ売れたものの、解散。
司会業に転身して「坊られい」と再改名。ジャズ喫茶を舞台に活躍した。
1968年、「ケーシー高峰」に改名し、漫談家に転身したの名字から名付けた(のちに天才・秀才門下の芸人がケーシー門下に移った際、自身の屋号「高峰」を名乗らせている)。ケーシーは「グラッチェ(イタリア語で、ありがとう)」「セニョール(スペイン語による男性に対する呼び方)」「セニョリータ(同上による女性に対する呼び方)」など、連発する謎のラテン系あいさつは当時の流行語にもなった。『大正テレビ寄席』のセミレギュラー出演などを通じて、お茶の間の爆発的人気を博した。
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