野際陽子(ノギワヨウコ) のチケット情報
野際 陽子(のぎわ ようこ、1936年〈昭和11年〉1月24日 - 2017年〈平成29年〉6月13日)は、日本の女優・アナウンサー・司会者・歌手・ナレーター・声優。特技は英語・フランス語。最後の所属事務所はラヴァンス。本名は同じ。「野際陽子」『ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典』。2025年12月18日(木) 07:11UTC
来歴
生い立ち
石川県河北郡津幡町で生まれ。杉並区立杉並第五小学校、立教女学院中学校・高等学校、立教大学文学部英米文学科卒業。大学時代は初代ミス立教に選ばれ、ESSの英語劇セクションと劇団テアトルジュンヌに所属し、四大学英語劇大会など数々の作品に出演。
NHKアナウンサー時代
大学卒業後、1958年にNHKにアナウンサーとして入局。秋山和平は同期入局。名古屋赴任時に独身寮の野際の部屋に強盗が入り、ナイフを突きつけられ金銭を獲られたエピソードを明かしている。
NHK退局、女優へ
1962年3月にNHK退職後、企画を説明する係として広告代理店へ転職。しかし出番が来ないまま3か月が経ち、給料だけもらうのは忍びないと気兼ねしていると、15分の生放送番組である『女性専科』(TBS)の司会者を担うこととなった。『3時にあいましょう』(TBS)では船越英二と司会を務め、二人のコミカルな掛け合いが人気を博した。一部媒体では、「女性フリーアナウンサーの先駆者」と評されることもある。
以降は女優活動が中心となり、TBSのプロデューサー大山勝美は「NHKのアナウンサーだった野際を女優に誘ったのは僕。」と述べている。1963年7月5日放送のテレビドラマ『悲の器』(TBS)で主演の佐分利信の教え子になる理知的な若い美人が欲しくて人選していたが、なかなか見つからず。野際は当時NHKの花形美人アナウンサーだったが、近々辞めてフリーになるという噂があり、会って「芝居やってみませんか。」と誘ったら「とてもやりたいと思っている。」と言われ出演してもらった。ほとんど褒めることのない佐分利が野際のことを「彼女はいいですね。」と褒めていたので野際も自信を持ったのではないか、それで東映の映画とかに出演するようになったと述べている。
1966年2月にかねてから念願であったパリへ留学。ソルボンヌ大学で古典仏文学の授業を受けながら、アリアンスフランセーズにも通い、1年を過ごした。翌年帰国後『女性専科』に復帰し、パリで培ったファッションセンスを活かした。
1967年3月、パリ
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