海に流れ込んだ水銀による病を、印刷の文字の凹凸で記録しようとした人々の物語
1980年代、東京。東亜大学で公害に関わる市民講座が開催されていた。大学近くで印刷屋を営む安元は、その講座の記録をまとめてほしいと依頼を受けたことを機として水俣に深く関わるようになる。
それから10年あまり、水俣病はじめとする公害問題の解決を見ないまま、講座は少しづつ衰退し、最後の時間を迎えようとしていた。
そこに横浜で水俣病の勉強会をしたいという希望を持った加山が訪ねてくる。
2016年に詩森ろばが劇団俳優座に書き下ろした作品を自ら改訂し演出する。