イニエスタが世界最高の名手である所以

　テクニックに優れる選手なら、世界にはいくらでもいる。イニエスタが「世界最高の名手」と呼ばれる所以は、自らの技術をひけらかすことがなく、あくまでも得点を奪うため、勝利のために駆使するところにある。アルペンスキーのスラローマーのように相手ＤＦをドリブルでかわしながら、同時進行で守備の急所を探し当てていく。彼のパスはいつだって、未来を切り開くものだ。
　魅力はパスだけではない。決定的な仕事もする。世界にその名を響かせたのは2010年のＷ杯南アフリカ大会だ。オランダとの決勝は延長戦へもつれ、迎えた１１６分だった。ペナルティエリア右から右足ボレーを突き刺し、母国を史上初の『Ｗ杯』優勝へ導いたのである。

３年１００億円の価値

今年６月いっぱいで、イニエスタはバルセロナとの契約を満了した。世界中からオファーが殺到するなかで、彼はヴィッセル神戸を選ぶ。３年契約で推定年俸は３２億５０００万円（！）と言われる。
　かくも巨額の投資をする価値あるのか？　答えはもちろん「ＹＥＳ」だ。イニエスタが育ったバルセロナは、小学生年代の育成組織からトップチームと同じサッカーを志向する。「ボールは汗をかかない」を合言葉に、自分たちでボールを保持することをとことんまで追求する。プレッシャーを受けてもボールを失わない技術、重圧に耐えうる精神力を高次元で装備するのがバルセロナのメソッドであり、イニエスタはピッチの内外で日本人の手本となっていくに違いない。

W杯決勝での禁じられたメッセージ

　フットボーラーとしてだけなく、イニエスタは人間的な魅力にも溢れる。試合後に厳しい質問を浴びても、「色々な意見があることは尊重するよ」と落ち着いた口調で答える。声を荒げたりはしない。
　プレーはクリーンそのものだが、覚悟の警告を受けたことがある。ゴールパフォーマンスでのメッセージ発信が禁じられているのを知りながら、Ｗ杯南アフリカ大会決勝でイニエスタはアンダーシャツにメッセージを書き込む。永遠に僕らとともに──若くしてこの世を去った親友への思いを綴っていたのだ。ナイトクラブやパーティーへ足を運ぶことよりも、家族や友人との時間を大切にするイニエスタらしい行動は、世界中の感動を誘った。

Ｊリーグに見られるイニエスタ効果

　日本代表がＷ杯に出場するようになったのは、１９９３年のＪリーグ開幕が大きく影響している。アマチュアからプロへ変わっただけでなく、世界的なスーパースターが来日し、世界の最先端のプレーに触れたことが、日本人選手のレベルアップを促したのだ。
　時代は変わった。有名外国籍選手のＪリーグ入りは絶えて久しく、日本人選手はヨーロッパへ渡ることで力をつけるようになった。
　だから、イニエスタの来日には大きな意味がある。昨夏からヴィッセル神戸に在籍する元ドイツ代表ＦＷルーカス・ポドルスキとのホットラインは、世界のどこへ出しても恥ずかしくない。
　7月再開の明治安田生命Ｊ１リーグは、これまでとは違う。間違いなくレベルが上がる。日本人選手の眼の色が変わる。間違いなく面白くなる。
　イニエスタがいるＪリーグを観ないなんて、あまりにもったいない。

現状の日本サッカーをどうとらえ、今後どのように発展させていきたいか問われると、「日本のサッカーをリスペクトしている。日本人選手は技術も高く、コンビネーションもうまく使える。高いレベルの選手が多い。自分のサッカーを見せるため、チームを助けるためにやってきた。それが日本のサッカー界が発展する手助けになるならうれしい」と答えた。

またさまざまなオファーが手元へ舞い込んでくる中、なぜ神戸行きを決断したのか問われると、イニエスタは「神戸に提示されたプロジェクトが興味深かったから。人としてプレイヤーとして信頼してくれた。日本の文化を楽しみ、プレーを楽しみたい。一番重要なことはその国の文化に馴染むこと。この国の文化の一部になりたいと思っている」と明かした。

記者会見に同席した三木谷浩史ヴィッセル神戸会長は「単にチームの強化というだけではない。バルサの哲学とDNAを誰よりも色濃く受け継ぐイニエスタ選手に育成世代のアカデミーへのアドバイスもしてほしい。新ヴィッセル神戸としてアジアナンバーワンクラブになることを本気で目指したい」と決意を口にした。