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ゴスペラーズの安岡 優が、『ぴあ』誌上において約2年にわたり連載していた『架空の主題歌』が1冊の本としてまとめられた。この連載は、安岡が自由にチョイスした映画をテーマにしたエッセイで、その数、55本。しかし単に作品を紹介したものでも、その感想を綴ったものでもない。加えて、安岡が勝手に作詩した各作品の“架空の主題歌”もエッセイと併せて掲載された、異色の連載であった。さらには挿絵もあるのだが、連載中、イラストレーターの泉雅史は安岡といっさいの打ち合わせをせずにすべての作品を描き上げており、その点においても『架空の主題歌』は異色と言える。このテキストは安岡の提案により実現したイラストレーター、泉との『架空の主題歌』発売記念対談で、これを読むと連載が、そして単行本化が、予定調和なるものとはかけ離れたところで成り立ち、完成したことがよくわかるのではないだろうか。だから、異色なのである。
安岡「今日が“二度目まして”なんですよね(笑)」
「はい」
安岡「連載をスタートするときにメールでご挨拶して、その直後、ぼくらのライブに来ていただいたときに“はじめまして”のご挨拶をして以来なんですよね」
「そうでしたね」
安岡「この対談は、ぴあの担当の方にぼくからお願いしたんですよ。一度も“ありがとうございます”を直接言わないなんて、そんな不届きなことはないですから。それに、いつも突然でしたから。友達であれば“次の連載のネタはコレでいくよ”って伝えられるわけですけど、そういう進行じゃなかったですから。大喜利みたいでしたよね(笑)」
「いや、もう、来たものには全力で取りかかるしかないって気持ちでやってましたね」
安岡「(連載中は)実際どうでした? ふたりのあいだに打ち合わせはなにもなかったわけですし。やりづらい仕事だったと思うんですけど」
「挿絵って、たとえば主人公が女性だったら、こういう服を着ている、年齢はこれくらい、っていうような、基本的には著者の方の具体的なイメージが決まっているんです。でもそういうのとは違って、イラストはイラストとして独立しているものなのかなという解釈をしたので、どこまでエッセイに、歌詩に近づけるかという点だけが不安ではあったんですけど」
安岡「(連載)第1回目の『スルース』(マイケル・ケイン、ジュード・ロウ出演の‘07年に公開されたミステリー)の絵がすごく良かったんですよ。たぶん、『スルース』をご覧になっていないですよね?」
「はい(笑)」
安岡「ぼくの詩を読んで描いていただけた絵なんだって、すぐに感じたんです」
「わたし、あまり映画を観ないんですよ……。知り合いにも言われました、“この映画観てないで描いてるだろ?”って(笑)」
安岡「いや、そこが良かったんですよね。映画を観ていたら、そういう絵になっちゃう。それだと、ぼくの詩はなくていいんですよね。悲しい映画の最後に、愛にあふれた曲が流れてくるっていう主題歌の置き方もあって、それが救いとなることもあるわけです。主題歌って、物語と同じように寄り添うものもあれば、その先をイメージさせる、奥を思わせる場合もあるんですよ。泉さんの絵は、そういう役割をしていたと思いますね」
「プレッシャーはありましたけど(笑)」
安岡「どうやって絵は描き始めていたんですか?」
「メインとなるものは詩です。そこでなんとなくキーワードをピックアップして、それをどう構成していくかってことをまず考えました」
安岡「描きづらいものもあったと思うんですよ」
「抽象的なエッセイや詩もありましたけど、そこで抽象画にしたらわかりづらくなっちゃうので、そういう場合は具体的なイメージをひとつは入れないとな、って思いましたね」
安岡「なるほど。描くのに苦労したものって、たとえばなにがありました?」
「『チャーリーとチョコレート工場』(ティム・バートンとジョニー・デップのコンビによる’05年公開の大ヒット作)」
安岡「えっ!? ぼくがいちばん好きな絵のひとつですよ!」
「それまでの連載の歌詩とテイストが違っていたんです。なかなかアイデアが浮かばなかったんですが、最終的に“音頭”みたいものを入れようということになりました」
安岡「『チャーリーとチョコレート工場』は音楽映画なんですよ、ぼくの中では。軸は道徳の教科書みたいなお話なんですけど、それを伝えるためにあらゆる音楽のスタイルを採り入れているんです。どの曲にも元ネタがあって、それを順番に、70年代、80年代、90年代というふうに採り入れているんですよ。そこには日本の音楽はなくて、もし日本版で主題歌を作るのであればということで、歌詩は“音頭”にしたんです」
「日本の音楽がないということでの“音頭”だったんですね! びっくりしました」
安岡「ただ、“音頭”そのものの絵じゃなかったんです。踊っている人の服が浴衣だったらベタですし、提灯も櫓もない。音頭を踊っているのはたしかなんですけど、なんか、怖いんですよ。おどろおどろしいと言いますか。じゃあ、ぼくのエッセイや歌詩を読んだ瞬間、頭の中で“もう描けちゃった!”みたいなものってありましたか?」
「『プラダを着た悪魔』(メリル・ストリープ主演の’06年公開作。出演者の派手な衣装が大きく注目された)です。構図からなにから、すべてすんなりと。ただこれも知人から、“観てたらこうは描かないよ”って言われました(笑)」
安岡「ゴスペーラズの歌を聴いてやさしい気持ちになる人もいれば、寂しい気持ちになる人もいて、それは書いたぼくが押し付けるものではないんです。だから、ぼくの文章、詩で、泉さんがなにを感じ取ってもらえたのかっていう、その答えが投げ返ってきているようですごく楽しかったですよ!」
「自由にやらせていただきましたから。ただ、安岡さんの書く詩は“もうちょっと大人なのかな?”という印象はありましたね。わたしの絵はタッチ的にカワイイというか、そのあたりが合わないかもしれないと思ったからなんですけど」
安岡「いやいや。ぼくらのファンは女性が多いんですけど、むしろそういう方々の目線に近いとは思いましたね。しかし、こういう感想を言い合うのも今日が初めてなんですよねえ(笑)」
「そうですね(笑)」
安岡「じゃあ、連載をきっかけに観た映画ってあります?」
「『アイ・アム・サム』(幼い娘を持つ知的障害の父親役をショーン・ペンが熱演した’01年公開作)です。観てから描いたという、数少ない例ですね」
安岡「絵って、コンピュータで描かれているんですよね? 絵の具だと思ってたんですけど」
「はい、タッチペンで。テクスチャーの部分は絵の具を使って描いたものをスキャンして取り込みましたけど」
安岡「ああ、だからハンドメイド感があるんですね、温度があるんですね。湿気も感じられる絵なんですよ」
「下書き、ラフは鉛筆ですけど、あとはコンピュータの作業です」
安岡「ぼくは下書きってしないんです。頭の中でぶわーっと考えるんです。頭の中で書き上がるまでペンは持たないと言いますか……だから書くという作業自体は2時間とか3時間なんです。ただそれは、そのまえに3日間とか1週間、考える時間が膨大にあるから書けるんですよね」
「安岡さんの原稿が遅れることはなかったので助かりましたけど(笑)」
安岡「締切に遅れない。それがぼくの作家としてのウリなんです(笑)」
「ほんとに助かりましたよ」
安岡「装丁も泉さんにオリジナルで描いていただきまして。ところで、表紙のぼくが着ている服って、なんでピンクなんですか?」
「青でも緑でもなく、ピンクのイメージなんです。歌詩が色っぽいからでしょうか?」
安岡「それと、じつはね、帯の付いた状態の装丁を最初に見せていただいたとき、“こうすればいいじゃん”と瞬間的に思ったことがあるんです。そしたら、“帯を外してこうなっていたらおもしろいね”っていう絵が、帯を外したらあったんです! 帯を取ると別の絵が出てくるトリックも泉さんは完璧でしたよ!」

さて、安岡が感激した装丁トリックとはいかに。ぜひとも手に取ってユニークかつあたたかい泉のイラストをご覧いただきたい。また、単行本化にあたり、9篇の詩にメロディを書き下ろした『架空の主題歌オリジナル・サウンドトラック』CDが本には付録されている。ここでしか聴けない安岡 優の楽曲を収録したCDがそれで、これも異色と言うべきパッケージ。『架空の主題歌』は読んで、見て、聴いて楽しめる1冊なのである。


Text:島田諭

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