稲垣純一 日本代表チームディレクターの月イチレギュラー対談
すべてはラグビー界の未来のために
Vol.3 ゲスト
コカ・コーラレッドスパークス
北澤 豪 チーフPRオフィサー
-後編-
日本ラグビー協会の稲垣純一理事が、毎回ラグビーに造詣が深いゲストを迎えて、ラグビーの魅力やラグビー界の未来について語り合う対談企画。第3回のゲストは、サッカーの元日本代表であり、今季よりコカ・コーラレッドスパークスのチーフPRオフィサーに就任した北澤豪。ラグビーとサッカー、ふたつのフットボールの親和性について語り合う。
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――今回、ブラジルで行われたサッカーW杯を見ていて、動きの連動性など、トップクラスのサッカーと今のラグビー日本代表が取り入れている戦略に、共通点が多いと思いました。ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズHCも、優勝したドイツの戦い方やフィジカルの強さを評価していましたし、サッカーとラグビーが近くなった印象です。
北澤 今はサッカー界も、トレーニングにアメリカン・フットボールの考え方を導入したり、フィジカルの強化を図っているので、確かにラグビーに近いものがあるかもしれません。また、そういったトレーニングが実際にどういう効果を出すのか知るために、サッカー選手がラグビーやアメリカン・フットボールを見る機会も多くなっています。
そういう意味でも、ラグビー日本代表HCが他の競技を見ているところがいいですね。
稲垣 エディーはいろいろなスポーツを見ています。この間も、エディーとサッカー界の方々でプライベートなミーティングを行いました。エディーはブラジルW杯を見て、日本選手の体の厚さが海外の選手に比べて薄いのではないか、と思ったそうです。だから、サッカー界にもフィジカルなトレーニングを取り入れたらどうかと提案していました。
北澤 僕も、ブラジルから帰国した直後に日本ラグビー協会の森喜朗会長から「サッカー選手もラグビー選手といっしょに練習した方がいいのではないか」とご指摘を受けました(笑)。
実際に今回のブラジルW杯を見ても、そういうフィジカルな部分が必要になったと感じています。フィジカルな強さを前面に押し出す戦いが主流になるなかで、日本代表は体格差という問題を避けたような戦い方をしましたが、今後は大切な要素になるでしょうね。
――W杯で話題になった「日本らしいサッカー」という考え方について、北澤さんはどういうイメージをお持ちですか。
北澤 それは選ぶ選手によりますし、監督の指向が反映される問題でしょう。日本も、パワーサッカー的なスタイルをやろうと思えばそういう人材を選ぶことができますから。
もちろん、一般的に言われている、日本人の俊敏性やスピード、協調性といった部分は活用しないといけないのでしょうが、今回W杯で失敗した原因は、自分たちに目を向け過ぎたところにあったと個人的には考えています。それよりも、目の前の対戦相手を見なければならない。代表は、そのときそのときの勝負に勝つことが一番大事ですし、代表に負けてもいい試合は存在しないのですから。
稲垣 エディーも「クラブの試合は負けても次があるが、代表は負けたら次はない」と強調しています。
北澤 選手にとっても、代表は「負けたら次のチャンスはない」というぐらいの位置づけにならないといけないでしょうね。
稲垣 エディーが、サムライジャパンを率いて2009年WBC(ワールドベースボールクラッシック)に優勝した原辰徳監督とお話ししたときに、原監督も仰ってました。「僕らは実は(日本のプロ野球で)年間60試合くらい負けても優勝できるのですが、エディーさんが言っていることは『1回も負けてはいけない』ということなのですね」と。そして、原監督自身、WBCで初めてエディーと同じ状況に立たされて、途方もないプレッシャーを感じたと振り返っていました。
北澤 逆に、ラグビーでは日本代表が「らしさ」をどういうふうに勝利に結びつけていくのか。その点を知りたいですね。
稲垣 エディーが言う「ジャパンウェイ」は、実は彼のスタイルでもあります。だから、長期的に考えれば、それをどう継続していくかという難しさがあります。
サッカーは代表レベルの選手がたくさんいて、リソースに恵まれた状況にあるので、それが強さの源になっていますし、選ぶ選手によってスタイルも変えられる。ところが、日本のラグビー界にはそこまで世界に通用するリソースはないので、今のエディー・スタイルが合っている。それが、現状だと思います。
北澤 ジャパンラグビートップリーグ第2節のコカ・コーラレッドスパークス対NTTドコモレッドハリケーンズの試合を見たとき(8月30日・福岡レベルファイブスタジアム)、両チームのプレースタイルがまったく違うタイプだったのが印象的でした。これがインターナショナルレベルになれば、スタイルはもっと違ってくるのだろうと思いました。だから、代表がどういうスタイルをチョイスしていくのかに注目したいですね。
ラグビーワールドカップ(RWC)は来年ですよね?
稲垣 大きな勝負所です。サッカーの代表選手と同じぐらいに注目してもらいたいのですが、そのためには「勝たないとダメだ」と、今の日本代表の選手たちに話しています。来年の大会で結果を残せば2019年につながりますからね。
サッカーが素晴らしいのは、25年前には今のようにW杯に勝った負けたで国が動くような騒ぎになるとは想像もできなかった状況から、それを実現したことです。では、それをラグビーで実現できないかと考えたときに、できるはずだと思います。そのためにも来年のRWCでベスト8に入ることが重要です。そうなれば日本中がワッと沸くでしょう。日本代表はそういう力を持っているのだから、絶対に実現しようと選手たちには常に話しています。サッカーがたどってきた道のりは、すごくいい目標になっています。
――サッカーの場合、日本代表の試合に観客が集まる一方で、Jリーグには一時ほどの勢いがないのではないか、という報道もありますが。
北澤 今、日本代表がハビエル・アギーレ監督に替わって、選手の選び方が変わりました。アギーレ監督は意外性のある選手も選ぶ。そういう枠にアルビレックス新潟やサガン鳥栖の選手が入ると、その地域がものすごく盛り上がります。各クラブも「今度はウチの選手が選ばれるのではないか」と考えて強化に熱を入れますし、代表監督に理解があるとJリーグにいい影響が及びます。ある国のサッカーのレベルを考えるときには、その国にあるリーグの水準がひとつの基準になりますから、このやり方は継続してもらいたいですね。
ただ、日本は代表の人気が高過ぎる面はあるかもしれません。Jリーグと人気の面で差があるので、そこは縮めていかないといけないでしょう。日本は世界的に見ても、かなり代表の人気が高い国だと思いますよ。
稲垣 マーケティング収入もかなり多いですよね。W杯で負けても代表の価値が上がるというのは、それだけコンテンツとして認められている証でしょう。代表チームは、ビジネス的な基盤がないと財政的に厳しくなるのでなかなか強化が進まないのですが、サッカーの場合は経営的に理想的な方向にいっていると思います。その分、Jリーグの各クラブは大変かもしれませんが。
北澤 代表とJリーグの関係を円滑にすることは必要ですね。
稲垣 先日のエディーとサッカー関係者のミーティングのときに、エディーが、ブラジルW杯当時マンチェスター・ユナイテッドに所属していた香川真司(現ドルトムント)や、ACミランにいた本田圭佑ら海外のビッグクラブに所属している選手たちについて、「クラブの試合には何試合ぐらい出ていたのか」と質問していました。エディーとしては、Jリーグでもっと数多くの試合をこなしている選手たちをピックアップしないと、代表をチームとして強化するのは難しいのではないか、と言いたかったのでしょう。
北澤 その反省からかどうかはわかりませんが、今回はJリーグから選ばれた選手が増えています。それから、海外のクラブに所属していても、試合に出ていないと代表には選ばれないようになってきています。確かに試合に出ていないと、コンディションを維持するのが難しくなりますから、個人的には日本にいて試合に出ている選手の方がいいのではないかと思いますね。
――ラグビーでは「ゲームフィットネス」という言葉で選手の試合勘を現しますが、サッカーでも試合のなかでしか培えないようなフィットネスというのはありますか。
北澤 あります。試合を通じてでしか作り上げられないものは確実にあって、それはいくら練習しても身につきません。
稲垣 そういう議論を踏まえて、ラグビー界が今やろうとしているのは、日本代表を中心としたチームごと南半球のスーパーラグビーに参戦するという戦略です。
北澤 ええっ? それはかなり強力なコネクションがないと難しいのではないですか。
稲垣 実はもう参入への申請手続きを済ませていて、10月に結果がわかるところまできています。これが実現すれば、ラグビーは相当変わると思いますよ。
――最後に、北澤さんはRWC2019日本大会にどのようなことを期待されていますか。
北澤 やはり、2019年までに日本代表が大会で優勝を狙えるところまで強化されることを期待しています。代表が強くなれば、それだけ国民も強い関心を持つでしょうから。
それから、僕自身がサッカー界に働きかけてサポートをもらわないといけないと考えていることがあります。それは、サッカーのサポーターがラグビーのサポーターといっしょに日本代表を応援できるような、そんな意識を持てるようにしたいということです。
Jリーグが発足して20年、サポーターが次に向かうべき活動は、競技の垣根を越えて他のスポーツも同じように応援できる関係性を築くことだと考えています。2020年には東京オリンピックも行われますし、どの競技も日本代表が出てくるわけですから、日本人が、それぞれいろいろな競技を応援しに行くようになれば理想的でしょうね。
だから……ラグビーとサッカーの日本代表のユニフォームを、同じデザインにするというのはどうでしょうか(笑)? たかだか色の問題ですが、競技の垣根を越えて応援する環境を整えるためにも、それは大事な問題のように思いますが。
稲垣 そういう文化が生まれると、日本に本当にスポーツ文化が根づいたと言えるようになるでしょうね。
――競技の垣根を越えれば、サッカーW杯から翌年開催のRWCへと、どちらのサポーターも2年間続けて両方の日本代表を応援できます。
北澤 それはとても幸せなことですね。そういうきっかけでいい関係性が生まれればいいと思います。
――ありがとうございました。
取材・構成●永田洋光
撮影●大崎聡
北澤豪●きたざわつよし
1968年、東京都生まれ。1987年修徳高校卒業後、本田技研工業に入社。1991年にジュニアユースで在籍した読売クラブ(現東京ヴェルディ)へ移籍。中盤のダイナモとして、J1リーグ戦264試合に出場。日本代表としても国際Aマッチ59試合に出場する。2003年に現役引退。2012年4月にFリーグCOO補佐に、同年6月に日本サッカー協会理事に、2014年7月にコカ・コーラレッドスパークスチーフPRオフィサーに就任。日本テレビ系『NEWSZERO』などに出演するとともに、近著に『父親というポジション』(中央公論新社刊/税別1350円)がある。
稲垣純一●いながきじゅんいち
1955年、東京都生まれ。1978年慶應義塾大を卒業し、サントリーに入社。1980年ラグビー部・サンゴリアス設立と同時に参加、初代主将となる。その後、慶應ラグビー部コーチ、サントリー副部長、ディレクターを経て、2002年にGMに就任。2007年にトップリーグCOOに就任。現在は日本ラグビー協会理事を務める。
コカ・コーラレッドスパークス
北澤豪 チーフPRオフィサー 前編
コカ・コーラレッドスパークス
北澤豪 チーフPRオフィサー 後編
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