──様々な演出家によって様々に上演されている「近代能楽集」ですが、美輪さん演出版の特徴とは?
「この世とあの世を行ったり来たりするお芝居だから、音楽も美術も衣装も古今東西のいいものを次元を超えたところで集めて違和感なく成立させるという私のコンセプトに、三島さんは喜んでいらっしゃいましたね。例えば「葵上」ではヒッチコックの映画「白い恐怖」の夢のシーンにヒントを得てダリと、能が始まった室町時代を代表する琳派の芸術をドッキングさせた舞台美術にしました。音楽は、当時まだ新人だった武満徹さんの現代音楽とハチャトゥリアンで和洋折衷に。“盛者必衰”の理念が流れる「卒塔婆小町」には冒頭で平家琵琶の音楽を持ってきて、他にドビュッシーや舞踏会の場面ではハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」を。浅田真央さんで有名になったから使ったと思われると困るけれど、私は初演からずっとこの曲を使っているんですよ(笑)。衣装も、ト書きに和服とあったところをイブニングドレスにして、それだけだとあまりに西洋的だから能舞台の背景に描かれている五葉松を私がドレスに描きました。内容的なことで言えば、三島作品というのはレトリックが多いから通訳がいるんですよ。普通の演出家や役者は言葉の魔術に引っかかって、この言葉が何を指しててどういうことを表現しているかがなかなか読めないんです。私は三島さんはじめいろんな文学者たちと交流があったから、そこらへんのペテンは全部見破ってるわけ(笑)。なので私が「卒塔婆小町」で“正負の法則”――いいところも悪いところも両方あって、そのバランスがとれてはじめてこの地球で生きていく資格がある。言ってみれば人生はプラマイゼロであって、そうしたことを強調したいって話をしたら、三島さんはびっくりしてらしたわね」
──また「葵上」では“恋情”、「卒塔婆小町」では“愛情”が描かれるのだとか。
「やっぱり“恋”と“愛”は違うでしょ。ただ自分の欲望を満たすための自分本位の感情は恋で、相手が幸せだったら何でもいいっていう無償の心が愛。そうして相手本位になったり自分本位になったり行きつ戻りつしている状態なのが“恋愛中”ということ。1本のお芝居で、この2つの形をご覧くださいね」
──美輪さんの多種多様な仕事の中で、特に観客に生で見せる舞台に対してはどんな思いをお持ちでしょうか。
「舞台の場合は演出、美術、主演……とあらゆることを私自身がやっているから、第三者が入らず色が濁らない。私には、約70年間培った観せ方のノウハウがあります。昔、進駐軍のキャンプ周りをしていたとき、外国人に「ショウ・イズ・ショウ!」って言われたのね。“ショウ”とは観せるもの。今は舞台の世界もどんどん無機質にシンプルになっているけれど、劇場に行くというのは日常では見られないものを観に行くことですよね。だから私の舞台のお客には誰一人、「今日の入場料は高かった」なんて言わせてなるものか! という気持ちがあるんです」
取材・文:武田吏都
▼近代能楽集より 『葵上』『卒塔婆小町』
4月6(火) ~ 5月9日(日) ル テアトル銀座 by PARCO (東京)
5月13日(木) 福岡市民会館 大ホール (福岡)
5月15日(土) アステールプラザ 大ホール (広島)
5月19日(水) グリーンホール相模大野 大ホール (神奈川)
5月21日(金) オーバード・ホール(富山)
5月24日(月) ~ 30日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ (大阪)
6月1日(火)・2日(水) イズミティ21 大ホール(宮城)
6月9日(水)・10日(木) 愛知県芸術劇場 大ホール(愛知)
[劇作・脚本]三島由紀夫 [演出・美術]美輪明宏
[出演]
<葵上>
六条康子=美輪明宏
若林 光=木村彰吾(東京公演)、岩田知幸(地方公演)
<卒塔婆小町>
老婆(小町)=美輪明宏
詩人=木村彰吾(東京公演)、岩田知幸(地方公演)
撮影:御堂義乗
『葵上』2002年舞台より
『卒塔婆小町』2002年舞台より
稽古風景より