――真山青果作の新歌舞伎『頼朝の死』では、源頼朝の死の真相をひとり知らされず、苛立ちと孤独に苦しむ頼家を演じていらっしゃいます。
「僕は真山青果の作品が大好きで、言葉の力をすごく感じるんです。まるで台詞に血が滲んでいるようで、後々まで胸に引きずるので演じる側には相当のエネルギーが必要。頼家は、まず将軍という身分であることが大きいですね。一挙手一投足が周囲に多大な影響を与える存在なので、その将軍頼家が苦悩を表すのはよっぽどのことです。ただ感情的にふるまいすぎてしまうと人物が小さくなってしまう。苦しみながらもどう将軍然としていられるかが難しいところですが、やり甲斐のある面白い役です。芝居の重み、ピンと張りつめた緊張感を味わっていただきたいですね。」
――『吹雪峠』は、駆け落ちした夫婦と、その妻に裏切られた元夫が偶然、吹雪の山小屋で居合わせる三人芝居。演じる元夫・直吉も難しい役どころですね。
「そうですね。役者自身の体調も含めての、とても微妙な心理状態が如実に表れる芝居だと思います。誰しも突き詰めれば自分のことだけを考えている…という、人間の愚かさを描いた非常にシュールな作品。直吉は、二人に会ったら殺してやろうと思い続けてきたと思うんですが、迷い、結局殺せなかった。そんな人間の小ささにまた悩んで生きていく。その繊細な心理をお客様に的確に伝えることが大事だと考えています。お客様に問い掛け、それぞれに答を見出していただく作品ではないかと思いますね。」
――清元の名曲『色彩間苅豆』、通称『かさね』では男女の妖艶な道行きから一変、醜女かさねの怨念に取り憑かれ、もがき苦しむ与右衛門を熱演されています。
「とても怖い作品だと思います。与右衛門は容姿はスッとしていますが、祟られて醜女となったかさねを殺そうとする非情な男。とことん極悪人である役柄をいかに成立させるかが難しいところです。名曲に乗って気持ちよく演じながら、その上で風情ある居ずまいを見せることが大事ですね。かさねが何をおいても惚れている、そんな与右衛門を表現したいと思っています。どうも今月は三作品ともに、幸せではない男を演じていますね(笑)。」
――また今月は『夏祭浪花鑑』にご長男の金太郎さんが出演されていますね。
「はい。まずは一日一日を無事に務められるように、親の責任として見守っています。そうして日々、多少なりとも成長していけるようにと思っています。」
――染五郎さんを始めとする歌舞伎役者の方々の、現代劇や映像出演といったジャンルを越えた活躍によって、若い歌舞伎ファンが確実に増えているように感じます。
「僕は、歌舞伎で芝居の勉強をしっかりしていればどの世界でも認められる…という信念のもとに他のジャンルにも挑戦しています。だから今いろんな場所で歌舞伎役者の方々が活躍しておられるのは、それを証明しているような気がしますね。これだけの役者を育ててきた歌舞伎って何だろう? という気持ちをきっかけに実際に歌舞伎を見ていただき、歌舞伎の中にもいろんな色合いの作品があることを知っていただけたら嬉しいです。」
取材・文:上野紀子 写真提供:松竹
▼新橋演舞場 六月大歌舞伎
6月2日(木) ~ 26日(日) 新橋演舞場 (東京都)
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