Report
『指揮者と演出家の「妙技」を知る』レポート【前編】
異なるジャンルの舞台裏を覗くことで、今までになかった気づきや興味を感じていただくトークショーが、ぴあプレミアム会員、三越伊勢丹ホールディングスが運営する会員制サロン「3rd_PAGE」会員を対象に開催されました。『指揮者と演出家の「妙技」を知る』というテーマで、演劇とクラシックの公演が本番を迎えるまでの「裏側」を講師と共に覗いていきます。裏話満載で大いに盛り上がった当日の様子を前編・後編に分けて詳細レポート。場所:3rd_PAGE ISETAN MITSUKOSHI青山サロン
講師:戸塚 成(ぴあ株式会社)、坂入 健司郎(ぴあ株式会社)
モデレーター:浅野 裕子(ぴあ株式会社)
講師プロフィール:
指揮者の仕事と演出家の仕事

浅野 本日のトークは『どうやって個性豊かな大勢の役者、奏者をまとめているのか?』や『巨匠と呼ばれる方々の凄みはどこにあるのか?』『今、見頃なのは誰?』など、幾つかのテーマについてお話しいただきます。講師のお二人から今日の意気込みをお願いします。
戸塚 仕事柄、俳優、演出家、作家などに会ってきました。演出家は何しているのかわかりづらい仕事だと思います。今日は演出家の仕事はこういうことをしているというのを理解していただいて帰っていただけたらと思います。
坂入 指揮者の観点から今日はお話ししますが、聴く方が好きなくらいクラシック音楽の愛好家ですので、愛好家目線の視点もふまえてお話しできればと思います。
演出家は“表現”の全ての責任を負っている
戸塚 そもそも『演出家』とは、映画で言えば『映画監督』と言えますし、その作品の中身について一番の責任者です。その作品に関わっている振付や、美術、照明、音楽、俳優などクリエイターたちは演出家のいうことを聞かなくてはいけません。表現という意味で、責任の全てを負っている人です。作品のコンセプトを固め、役者・スタッフの能力を引き出し、まとめあげます。
蜷川幸雄さんと言えば、『灰皿』で有名ですが、場の緊張感を生み出して役者の力を引き出すパフォーマンスだったのかもしれません。
準備期間としましては、作品の企画が立ち上がってから公演まで、日本の場合は1年半~2年くらいです。ヨーロッパやアメリカではもっと時間をかけて準備したりするので、日本は短いくらいです。一人の演出家が並行して複数の作品を手がけることもありますが年間2~3本程度が平均ではないでしょうか。中には年に1本しかやらない演出家もいます。
指揮者がいなくてもオーケストラは演奏できる!?
坂入 『指揮者の仕事』ですが、オーケストラは大体100人くらいいますが、実をいうと100人のオーケストラは指揮者無しで演奏できます。むしろアンサンブルとしては指揮がない方がいいかもしれません(笑)。ただし100人のオーケストラは指揮者がいないと、当たり障りのない演奏になってしまいます。演奏者の間で譲り合いができてしまって『最大公約数的』な演奏になってしまうのです。そこに指揮者が入ることで、表現がぐっと変わります。お客様にとって体験が深い演奏を作るのが指揮者の役目です。オケの不満を吸いとり、能力を120%出させます。 また予算組みやオーケストラの給料、協賛金集めなど、経営面での仕事もあります。
演者との避けられない衝突はどうする?
戸塚 日本でいうなら、演出家が作品作りの上でリーダーであることが多いのでスタッフが演出家に楯突いたりすることは少ないでしょうね。ただ、蜷川さんも若かりし頃は、ベテラン俳優などから演出に対する反発があったとか。
日本の場合、演出家が雇われている場合と、劇団のリーダーとしての演出家という場合では受ける風圧は違うと思います。演出家にとってアウェイの場合と、絶対者でいられる場合のふた通りが日本にはあると思います。アウェイの場合は向かってくるものを全部受け止めて跳ね返して演技をさせる、作品を作っていかなければならないこともあります。
坂入 指揮者の場合は『指揮者が偉い』という時代は、とうの昔に終わっています。ヘルベルト・フォン・カラヤンは絶対的な帝王だったわけですが、あのようなやり方は現在では通用しません。日本のオーケストラでも、よく指揮者を見ていますし、オーケストラの立場も強いです。指揮者が理に適わない変わった指示をすると、途端に指示を聞いてくれなくなります。
プロオケでもアマオケでも、演奏者と指揮者はそれぞれのこだわりから衝突は避けられません。ただそこでの衝突を音楽としても、練習の雰囲気としてもプラスに変換させることが指揮者としての仕事でもあります。そこで塞ぎ込んでいたら指揮者として失格です。
演出家にも言えることかもしれませんが、指揮者も『長く生き、積み重ねたもの勝ち』的なところがあります。キャリアを積めば積むほど、巨匠として崇められる存在になり、オーケストラと素直にコミュニケーションがとれることが多いです。逆に稀にベテランの指揮者に意見を言う若手もいますが、こういう人も重宝されます。
浅野 指揮者の仕事について聞いてみると、経営手腕が問われ、またどうやってメンバーのパフォーマンス能力を高めるか考えている点や、意見してくれる人を重宝するという話から会社の社長のようなイメージが湧いてきました。
指揮者にも色んなタイプが

坂入 まず、指揮者の見比べ動画をご覧頂きたいと思います。
曲はベートヴェンの交響曲第5番『運命』の冒頭の指揮を見比べ、演奏を聞き比べてみましょう。
一番目はカール・ベーム。長くウィーンフィルの指揮をしていた巨匠中の巨匠です。物凄く遅いテンポで緊張感が高まります。
次は小澤征爾さん。小澤さんの刺すような目線に注目です。演奏者を目で制する指揮です。必ず暗譜していて、ゆえにオーケストラをよく見ています。テンポも先ほどと比べて早いです。
次は変り種で宇宿允人さん。どんな指揮をしてもオーケストラって演奏できるんだと思える例。指揮と演奏がずれているように見えますが、オンビートでなくてもいいのです。
指揮者の“時代”の捉え方
坂入 これから古楽器を使って演奏された『運命』を聴いていただきます。フランス・ブリュッヘン率いる18世紀オーケストラの演奏です。
運命が作曲されたのは今から約200年前。例えばヴァイオリンが当時の素材である羊の腸を使った弦だったり、当時と同じ材料で作られた楽器を使って演奏します。当時の音程は今よりも低かったと言われています。この演奏方法で『運命』を聞くと、バロック音楽の延長として捉えることができます。当時の楽器の鳴り方を再現しようとするアプローチです。
浅野 古楽器を使った演奏は、クラシック界でどのように生まれてきたのですか?」
坂入 1950年代に、指揮者ニコラウス・アーノンクールが、ちゃんとした形で音楽を継承していこうと考えたことから、古楽アンサンブルを結成しました。そういった活動が大きなムーブメントとなり、今日に繋がってきたと思います。
浅野 演奏しつづけることで作家の意図を正しい形で継承しようとする取り組みということでしょうか?
坂入 何が正しいのかはわからないので、指揮者は死ぬまで探求することになります。演奏された当時の音は残っておらず、古くても100年前位からしか録音されたものが残ってない。録音しなければ音は残らないので、やり続けないと後世につないでいけないのです。
浅野 作曲家と対話するような形で指揮者が作品を解釈し、それを観客に届けるのですね。」
坂入 オペラの場合だと面白くて、演奏は古い楽器を使っているのに演出は現代的な作品があったりします。そういった演出だととても鮮烈なオペラ体験となります。現代劇にすることで、作品のメッセージを観客が受け取りやすくなるんです。きっと、当時その作品を体験した人と同じような感覚を味わえるのだと思います。