Report

クラシック×演劇 クロスジャンルトーク

『指揮者と演出家の「妙技」を知る』レポート【後編】

ぴあプレミアム会員、三越伊勢丹ホールディングスが運営する会員制サロン「3rd_PAGE」会員を対象に開催された『指揮者と演出家の「妙技」を知る』というテーマのトークショー。裏話満載で大いに盛り上がった当日の様子を前編・後編に分けて詳細レポート。
開催日:2017年3月23日(木)19:00~20:30
場所:3rd_PAGE ISETAN MITSUKOSHI青山サロン
講師:戸塚 成(ぴあ株式会社)、坂入 健司郎(ぴあ株式会社)
モデレーター:浅野 裕子(ぴあ株式会社)

演出家の“時代”のとらえ方

浅野 演劇の場合は、作られた当時のものをそのまま再現するというよりかは、今の時代に置き換えて公開されるという印象があるのですが、いかがでしょうか?

戸塚 例えば『能』は室町時代に世阿弥などが作ったものですけれど、現在上演されているものは江戸時代の演出・上演形式と言われています。
シェイクスピアの作品などの場合、作られた当時の演出を復活させようと考える演出家はあまり多くはいないです。そういった過去の上演形式の再演という、博物館的な演出の追求についてそれほど関心はないと思います。

演出家はある1つの物語を使って、全然違う自分が語りたい物語をそのテキストに語らせる、ということをやりたいと考えています。
例えば、モリエール作の『タルチュフ』という喜劇があります。ある金持ちのフランス人の家に新興宗教家のタルチュフが現れて、その家の主人以外の人物を信者にし、籠絡してしまって家の財産をタルチュフが乗っ取ってしまうという話です。私が30年程前にフランスで見た現代版のタルチュフは、タルチュフをはっきりとイスラムに重ねて描いていました。キリスト教文化とは違う文化が入り込んできたときに、この人たちと一緒に生きていくにはどうしたらいいか、という検討をするために、タルチュフの物語を使って、今自分たちが直面している文化の衝突や出会いを表現する。そのために物語を『使う』というのが演出家の発想だと思います。自分たちが生きている時代のドラマとしてどう捉えてもらうかを考えます。今のお客さんとつながりたいのです。

浅野 対して指揮者は、作家の解釈を汲み取ったものをオーケストラを通して表現しお客様に体験していただくというのがモチベーションになるのですか?

坂入 その通りだと思います。霊媒師かのように作曲家を今に呼んできてお客様とつなげるようなイメージです。

シェイクスピアの『マクベス』を見比べてみた

戸塚 演出の様々なバリエーションを体験いただきたく、今日は『マクベス』の映像作品の冒頭を見比べていただこうと思います。『マクベス』は、野心を持った男が王を殺して王座につくのですが、自らの弱さに転落をしていく悲劇です。冒頭のシーンで主人公のマクベスが、3人の魔女に会って予言を聞くシーンがあります。そのシーンをご覧いただきます。

まず初めに、1971年のロマン・ポランスキー監督のバージョンです。これは誰もが思い浮かべるような魔女の姿です。
次は、2005年のジェームズ・マカヴォイが主演のバージョンです。トラクターに乗ったゴミ清掃所の男が魔女として描かれています。しかも、野心を持った男は三ツ星レストランのシェフという設定。
次は、オーストラリアの映画でマクベス ザ・ギャングスターという映画。女子高生が魔女として描かれています。
次はルパート・グールド監督バージョンで、戦場のナースが魔女となっています。
最後に紹介するのは、2015年のマイケル・ファスベンダー主演バージョン。魔女は移民のような人たちとして描かれていました。

今見ていただいたように、『マクベス』の物語が様々な設定に置き換えて表現されています。野心を持った人間が、野心を抑えきれずに悪事まで犯してでも実現しようとしたら思いっきりしっぺ返しを食らってしまうというドラマはいつの時代でも共感を呼ぶし分かりやすいテーマだと思います。その時、どのような演出をすれば、見る人に最も感じてもらえるかというのを考えて演出をしているのだと思います。

浅野 指揮者も演出家もお客さんの体感をどう広げるか・深めるか考え尽くしているところが共通しますね。

すごい指揮者ってどんな人?

坂入 音楽には哲学的なものも含めて色々な要素が詰まっているのですが、伝え方は指揮者によって異なります。その要素を観客に感じさせられるのが良い指揮者だと思うのですが、ここでまた指揮者の見比べをしてみましょう。

まずご覧頂くエフゲニー・ムラヴィンスキーは、ソビエトの指揮者です。とにかく厳格な指揮です。皆から恐れられていた指揮者です。オーケストラは一糸乱れぬ演奏で、まるで軍隊のような動きです。指揮は最小限なのに、オケは120%の力で演奏しています。

次はカルロス・クライバー。盛り上げ上手な指揮者です。リハーサルでは厳格な指揮者なのに、本番はオケを煽り躍らせます。開放と緊張をうまく使い分けてオケを乗せているんです。

最後にレナード・バーンスタインです。曲はハイドンの交響曲第88番。タクトを振っていなくて、目だけで指揮をしています。目の動きで演奏の強弱までつけられます。パフォーマンスとしてお客さんを引き付けるためにあえてタクトが振っていない。というものもあります。指揮者は役者だなと感じることができる例です。

これだけ指揮者によって演奏が違うので、まずはCDや動画などで自分の好きな曲を指揮者別に聴き比べてみるといいかもしれません。そうすると自分にフィットする演奏に出会えると思います。退屈しないで聞ける演奏をしていたら「すごい」と思って大丈夫です。大衆に迎合することなく、作品の世界を観客に届けることができることは、すごい指揮者と言えるでしょう。

すごい演出家ってどういう人?

戸塚 私が一番大切にしていることは『人物の関係性をしっかり描いている』ということです。例えば、『ちょっと待って』というセリフがあったとして、それを語気を強めて言うのか、へりくだって言うのかで同じセリフでもニュアンスが全く変わってきます。そのセリフによって、人物同士の関係性が現れると思います。演出家も演技者も戯曲の中で、どういう気持ちが動いていて、どういう関係性が張り巡らされているのかが、意識的である演出は優れていると思います。

ヘンリック・イプセンの「人形の家」という作品で、主人公ノラが夫に愛想をつかせて家を出て行くシーンがあるのですが、引き止める夫に対してノラの去り方を見てみますと、演出によっていくつもの去り方が見て取れます。プイッと怒りの様子で去っていく場合や、夫の肩に手を置いて、愛が残っているように感じさせるような去り方など、違いを観ることができます。夫の肩に手を置く仕草ひとつで、ノラの心情の表現が異なってくるのです。

今、見頃の演出家と指揮者は?

戸塚 演出家の熊林弘高さんの演劇は、今お話ししたような「関係性」について徹底的に表現している方です。年に1作品しかやらないと公言されている演出家なので、今年7月に東京芸術劇場・梅田芸術劇場で公開される『OTHER DESERT CITIES(アザー・デザート・シティーズ)』はオススメです。

OTHER DESERT CITIES
2017年7月6日(木)~7月26日(水)
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ(大阪)
公演・チケット情報

坂入 指揮者のキリル・ペトレンコ。パフォーマンスとして魅せるような指揮者ではなく、とにかく音楽の魅力を伝えるような音楽をされる人です。ベルリンフィルの音楽監督でもあります。1つの演奏会のためにあまりに没頭するために、公演数がとても少ない指揮者です。
そんなペトレンコが今年来日公演をしますので、こちらはとてもオススメです。

キリル・ペトレンコ 来日公演
公演・チケット情報

公演選びのアドバイス

浅野 最後に、演出家、指揮者、公演を選ぶ上でのアドバイスをください!

坂入 指揮者を選ぶというのは難しいと思いますので、まずは演目から選ぶといいと思います。有名な曲や、何かいいと思った曲の演奏会に行ってみるといいかなと思います。とにかく楽しんで聞くことが大切です。

戸塚 演出家の名前だけで勝負している人はそんなに沢山いないので、まず劇場の名前で選ぶといいと思います。シアターコクーン、東京芸術劇場、世田谷パブリックシアターとか、話題作をたくさん作っている劇場が起用する演出家は、業界全体がその人に注目していたりするので、そういう観点で選ぶというのはひとつの手だと思います。 海外の演出家について知りたい時は『ナショナル・シアター・ライブ』という、映画館でイギリスの名門ナショナルシアターの演劇を見るという方法もあります。字幕も出てきますので普通に楽しめます。3,000円程度でイギリスの一流の舞台を観ることができますのでオススメです。

今回、異ジャンルである演劇とクラシック音楽を交差させて、愉しみ方を深く探ってきました。このようなトークショー型のイベントは今後も開催していきますのでART MEETS YOU!のページをチェックしてみてくださいね。

ぴあ会員規約 | プライバシーポリシー

特定商取引法に基づく表示 | 旅行業登録票・約款等

動作環境・セキュリティ | ぴあ会社案内