稲垣純一 日本代表チームディレクターの月イチレギュラー対談
すべてはラグビー界の未来のために
Vol.1 ゲスト
読売新聞 久保 博 常務取締役事業局長
-後編-
日本ラグビー協会の稲垣純一理事が、毎回ラグビーに造詣が深いゲストを迎えて、ラグビーの魅力やラグビー界の未来について語り合う対談企画。
読売新聞の久保博常務取締役事業局長をゲストに迎えた後編をお送りする。2019年ラグビーワールドカップの成功のヒントがここに。
>>前編はこちら
―ラグビー人気を回復する起爆剤となるのがスター選手の存在ですが、その辺り、久保さんはどう考えていますか?
久保 たとえば王貞治、長嶋茂雄みたいな時代のスターはもう作れないと思うのですよ。
外部にいる我々が新しいスターを作るわけにもいかない。では、何ができるかと言うと、スターが生まれるための素晴らしい舞台を作ることではないかと思うのです。
たとえば野球では、WBCという舞台を我々がMLBと一緒に作った。そうしたら日本代表から、ダルビッシュ有というスターが生まれた。彼はそれまでMLBに関心がなかったのですが、決勝戦でアメリカに行って明らかに変わったと言われている。同時に、日本ハムファイターズという地域密着型の球団が一躍全国ブランドになった。そういう、ファンが今まで見たことがない、かつ観に行きたいと思うような舞台を作るのが我々の最大の仕事ですね。
今年はプロ野球ができて80周年になるのですが、3月に沢村栄治(戦前の巨人軍の名投手=1944年戦死)の故郷・伊勢で巨人対阪神戦をやったのです。そのとき、たまたまジャッキー・ロビンソン(メジャーリーグ史上初の黒人選手)の映画で見た全球団永久欠番「42」を思い出し、巨人の選手は全員が(沢村の背番号だった)「14」をつけようじゃないか、という提案をした。阪神も西村幸生(沢村と同時代の名投手=1945年戦死)の故郷だったので、全員が背番号「19」をつけて試合をした。会場は9000人ぐらいの小さな球場でしたけど、そういう話題を作ったこともあってチケットが30分で売り切れました。試合当日まで電話も鳴りっぱなしでした。
そんな仕掛けを作り続けるのも僕らにできることでしょうね。
稲垣 トップリーグがラグビー人気の起爆剤となるひとつの舞台になると思って今までやってきたのですけど、それだけでは足りないかもしれませんね。今はまだ明らかにできませんが(笑)、選手たちにもファンにも、夢のあるような舞台を用意すべく動いているところです。
――ラグビー人気回復の意味でも、2019年に向けて弾みをつける意味でも、2015年のワールドカップが大きな意味を持ちますね。
稲垣 もうそれがすべてだと思います。そこでちゃんとした結果を残さなければ、2019年の日本開催はできないぐらいの覚悟で臨まないといけない。
昨年秋にエディー(・ジョーンズ=日本代表ヘッドコーチ)が脳梗塞で入院したときは本当に心配したのですが、今はすごく元気になっている。神がかっていると言うか、本当に良かった。また、そういう気運を逃してはいけないとも思います。
強化で言えば、セブンズも3月の香港セブンズでワールドシリーズのコア・チームに昇格したし、U20代表も世界のトップ12が集うジュニアワールドラグビーチャンピオンシップ昇格を決めた。この流れを止めてはいけない。何としても2015年のワールドカップで大きな勝利を挙げて欲しいし、そのために全面的にバックアップしています。
久保 エディーさんは、ニュージーランドやオーストラリアのミニチュア版ではなく、日本人の良さを生かした、日本らしいラグビーで勝とうとしている。これは応援したくなるラグビーですよね。
稲垣 エディーとスクラムコーチのマルク・ダルマゾが「相撲を見て、スクラムの参考にしたい」と言って、佐渡ヶ嶽部屋に行ったこともあります。実際に見ると、相手の変化に対応できるように重心を後ろにかける相撲の立ち会いと、まっすぐ前に体重をかけるスクラムのつっかけとではまったく違うことがわかって、具体的に生かせるものはなかったのですが、そういったものを吸収しようとする意欲は選手たちにも伝わります。
久保 日本人に合ったラグビーを構築するための科学的な取り組みも必要だと思うのですよ。
今のスクラムの話にしても、ラグビーは相手を相撲のように押し出す必要がないし、一瞬だけ耐えられればいいわけです。僕も弱小チームで少しラグビーをやっていたのですが、「スクラムはベクトルだ」と言う奴がいて、足の位置や体の付き方をやっぱり1回1回工夫していた。そういう形で、科学の力を借りる余地はまだまだあるのではないかなと思います。
稲垣 まさにエディーは今、そういった精神的な面と科学的な面を上手くミックスしてやろうとしていますね。
久保 そういう姿勢は応援したくなりますよね。好感が持てる。野球で言えば、横浜DeNAベイスターズのような存在ですよ(笑)。中畑清監督のキャラクターもあるけど、勝っても負けてもひたむきにやるから地域の人たちが応援したくなる。応援するためには「ひたむき」や「ひたすら」ということが大切なのです。その点で今のジャパンは、応援のしがいがあるチームになっていますね。
スターも、好感の持てるチームになって初めて生まれてくる。そういうチームで、華麗な独走トライを挙げる選手が出れば、スターになるでしょう。ジャパンには日本のラグビーを変える力があると思いますよ。
――特に2015年大会の第1戦になる予定の南アフリカ戦でそういうトライが生まれたら、大きなインパクトを与えられますね。
稲垣 ワールドカップという大舞台でどういうラグビーができるのか。それが大きなポイントだと思いますね。私も、先日のミーティングで選手たちに、「キミたちは日本ラグビーだけではなくて日本国民の夢を背負っている。そういう自覚を持って欲しい」と伝えました。そして、もっと大きな夢を持とう、と。
たとえばサッカーのワールドカップアジア予選で日本代表が出場を決めたら、渋谷の街が大騒ぎになってDJポリスが登場した。阪神タイガースが優勝すれば、道頓堀で騒ぎが起こる。まだラグビーはそこまでの影響力を持っていませんが、大きな勝利を挙げてそういう社会現象を起こせば、それが日本ラグビーの文化を形作ることにつながるでしょうね。
久保 手前味噌になりますが、正月の風物詩になった箱根駅伝は、学生スポーツですけど、日本のスポーツ文化のひとつの在り方を示しているかもしれません。
ランナーたちが観衆の目の前を通過するのはほんの一瞬なのですけど、それを見るためだけに100万人もの人たちが集まる。沿道で応援している方たちを見ていると、正月は箱根駅伝を見てやる気をもらう、という流れが社会に溶け込んでいるように思う。その意味では、ラグビーが1月15日(「成人の日」)の日本選手権という風物詩を失ったのは、かなり大きなことなのですよ。
僕は、日本選手権に替わる風物詩が早明戦でも良かったと思う。ただ、それを一般の人に納得させられるだけの理屈がなかった。早明戦はかくかくしかじかの理由で特別な日なのだという物語があって、一般の人の理解が得られれば、大学ラグビーの頂点が早明戦であってもかまわない。でも、現状はそうではない。
――今「物語」という言葉が出ましたけど、今後の日本ラグビーに対して、どんな物語をイメージしていますか。
稲垣 さっきも話しましたけど、日本のラグビーの努力が実を結んで、日本代表が勝つことによって国が沸き、国民が沸く。そこまでラグビーを高めて行きたい。簡単に言えば、ジャパンが勝つことで渋谷にDJポリスが登場するということですよ(笑)。
やっぱり、ラグビーファンが応援するジャパンじゃなくて、日本国民が応援してくれるジャパンになる――そこが目標ですね。そのためにはただ強いだけではなくて、いろいろな文化を築いていかなければならないし、舞台を作っていくことも必要となるでしょう。国民が応援してくれるジャパンという夢を実現するために、すべての事業を組み立てて行かなければならない。事業を志す人間は大きな夢を持って、その夢に向かって実現するように努力しなければならない。
そのためには、ジャパンが強くなることが必要だし、もうひとつは、今日の久保さんの言葉にヒントがありましたけど、みんなが興奮するような夢のある舞台を作ること。それが、物語を編むことにつながると思います。
――2019年のワールドカップ日本開催の成功イメージを聞かせてください。
久保 日本戦全試合と決勝戦、準決勝2試合が8万人で満員になるのが僕の夢ですね。日本戦で、日本人の観客が8万人収容のスタジアムを満員にするのが成功のイメージです。そうなれば、ラグビーのコンテンツとしての価値は今の10倍ぐらいになるでしょう。日本のラグビー界にも新しいインパクトをもたらすことになる。
そのためにも、まず僕らが会場が満員になるイメージを持つべきでしょう。そして、成功のイメージから戦略を逆算する。
ひとつはエディー・ジョーンズがやっている、世界に通用する日本らしいラグビーを貫くこと。そして、お客さんを倍増する計画を立てて、仕掛けや舞台を作り、話題を作って、着実に実行することが求められる。
ただ、来年辺りから2020年の東京オリンピック関連の動きが出てくるから、もう今年がタイムリミットなのかもしれませんね。
でも、7人制ラグビーがオリンピック種目になったわけだし、上手くオリンピックと関連づけることができれば、勢いを利用することもできます。コンテンツとしてはオリンピックの方が圧倒的に強いですけど、それを認めた上で、スポーツの盛り上がりを作っていく。つまり、スポーツで魅せる日本というメッセージのなかにラグビーが入ってくれば、成功じゃないかなと思います。新しい国立競技場を満員にすることと、ラグビーは日本のスポーツ文化なんだ、ということを成熟した姿で見せること。それが僕の2019年の成功イメージです。
稲垣 まったく同感ですね。
ラグビーというスポーツが、日本全体にとって、エモーショナルな原動力となる。そういう姿を2019年に見せられるかどうか。それが成功した姿が満員の国立競技場であり、DJポリスである(笑)。その後に初めて日本ラグビーの新しい歴史が始まる。ノーサイドの精神や「One for All, All for one」の精神といったラグビーの文化が国民に浸透して、ラグビーと関係のない人たちもそういう言葉を普通に使う――それが僕の成功イメージです。
久保 ただ心配なのは、誰も新しい国立競技場が満員になるイメージを持てないのじゃないかということ(笑)。イメージを持たないと、実現はしないですからね。
稲垣 去年のウェールズ戦やオールブラックス戦で、久しぶりに秩父宮が満員になったけど、その2万5000人で喜ぶのではなくて、8万人が目標なんだ、というのはものすごく重要なご指摘だと思います。
取材・構成●永田洋光
撮影●大崎聡
久保博●くぼひろし
1949年、宮城県生まれ。1975年東北大学を卒業し、読売新聞社に入社。
経済部主任、地方部主任、事業開発部次長、スポーツ事業部次長などを経て、2001年にスポーツ事業部長に就任。
2006年に事業局次長、2009年に執行役員事業局長、2011年に取締役事業局長となり、2012年に常務取締役事業局長に就任。2014年6月、読売ジャイアンツ球団社長就任が正式決定する。
稲垣純一●いながきじゅんいち
1955年、東京都生まれ。1978年慶應義塾大を卒業し、サントリーに入社。1980年ラグビー部・サンゴリアス設立と同時に参加、初代主将となる。
その後、慶應大ラグビー部コーチ、サンゴリアス副部長、ディレクターを経て、2002年にGMに就任。2007年にトップリーグCOOに就任。現在は日本ラグビー協会理事を務める。
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